クロストライアル小説投稿ブログ

pixiv等で連載していた小説を投稿します、ここだけの新作も読めるかも?

闇夜と白昼の系譜 前編「闇夜の流浪者編」

聖暦2050年、科学と魔法が一般に流通したこの世界では、過去に幾度となく争いが起きたものの、人々は争いを捨て、科学と魔法を日常生活に利用し、平和に暮らしていた。しかし、ある日突然「シュヴァルツゼーレ」と名乗る組織が現れた。シュヴァルツゼーレは堕落に満ちた世界を変える為、武力を行使し、様々な都市に無差別攻撃を開始している。防衛隊はシュヴァルツゼーレの対応に追われ、世界は混乱に陥った。

だが、そんな状況でも構わず旅を続ける青年がいた。彼の名はナハト・ザラーム、通称 闇夜の流浪者である。闇のように黒い髪を首の根元まで伸ばし、水底のように暗い瞳に、刃物のような切れ長の目で、彼の表情は氷のように冷たい表情である。服装は漆黒のコートを深いグレーのシャツの上から着用し、ズボンもコートと同じく闇のように漆黒、靴はブラウンのロングブーツを履いている。

ナハトは夜が好きであり、静かな夜の街を散歩するのが日課である。昼もたまに出歩く事はあるが、ナハトは人付き合いが苦手であり、あまり昼間は出歩きたくないのが本心である。夜の街の風は肌寒く、特に冬はピリピリとするが、このご時世、夜は危険で誰も出歩かない為、人と関わる事が好きではない彼は夜が好きなのである。

誰とも関りを持とうとせず、一匹狼を貫く彼は休憩にと公園のベンチに座り、微糖のコーヒーを飲んでいた。そんな彼の前に突如空から女性が降ってきた。空から凄いスピードで振って来ていた為、そのまま地面に衝突するのではないかと思われたが、着地する寸前に背中から翼が生え、その翼をパラシュートのように使い、彼女は地面に華麗に着地した。

突然ナハトの前に現れた少女は美しい顔をしていた。サファイアのように透き通った大きく青い瞳を持った彼女は、この世の人間とは思えない程美しい顔をしていた。腰まで伸びた薄紫の長髪はツーサイドアップに整え、公園のライトの光を反射してキラキラと輝いていた。服装は水色のシャツの上から青いシャツを羽織り、下は黒のミニスカートに黒いニーソックス、靴はブラウンのローファーを履き、首にはエメラルドの首飾りをしていた。すると、彼女はナハトに気付き、話しかけてきた。

「こんばんは、私、トルトゥーガ・ネリンって言うの、あなたは?」
「…ナハト、ナハト・ザラームだ」

あまり人付き合いが得意ではないナハトはとりあえず自己紹介をした。人と会ったらまず自己紹介と死んだ母親がいつも言っていたからだ。

「ナハト…それって夜って意味だよね?」
「まあな、そう言うお前の名前も亀と言う意味だろ?」
「あ~、それ気にしてるんだから言わないでよ~」

その時、ナハトは考えていた、この突然空から降って来た得体のしれない女はいつまで俺に関わってくるのだろうかと。実際、この世界には獣人族や龍人族など、様々な種族が存在するが、突然空から降ってくる種族などは聞いた事がない。ナハトはとりあえず彼女が何者なのか聞こうとしたその時、2人目掛けて投げナイフが飛んできた。

「伏せろ!!」

ナハトの合図でトルトゥーガも地面に伏せた。すると、さっきまでナハトが座っていたベンチに3本の投げナイフが突き刺さった。

「助かったよ、ありがとう」
「別にお前を助ける為に言ったんじゃない、誰かが死ぬのを見たくないだけだ」

2人は立ち上がり、周りを警戒した。すると、ナイフを持った黒いスーツの男が3人現れた。男たちはナハトの周りを囲み、逃げ場を無くしていた。

「ねえねえ、こいつらが今地上界で暴れてる何とかゼーレって奴?」
「シュヴァルツゼーレな、奴らは罪のない人間を殺すクズの集まりさ」

すると突然、3人の内の1人がナイフでナハトに斬りかかった。ナハトはコートの裏に装着したシャドウエッジを抜き、攻撃を受け止めた。シャドウエッジは影のように漆黒のナイフであり、高い切れ味を持ったナハト愛用のナイフなのである。しかし、ナハトが1人の相手をしている間に、残りの2人にトルトゥーガが人質に取られてしまった。

「貴様ら、女に手を出すとは、聞いた通りのクズだな!」

男の1人は両腕で後ろからトルトゥーガの動きを封じ、もう1人はトルトゥーガの首元にナイフを構えていた。当然、こんな事をされてナハトは戦う事ができず、攻撃を仕掛けてくる男の攻撃を回避するしかなかった。もし攻撃を仕掛ければトルトゥーガの命はないからだ。

「くっ! その女を放せ!」
「この女を解放して欲しければ、大人しく死ね」

当然、ナハトが男の要求を飲むことはできない、だが、トルトゥーガを見殺しにするわけにはいかない。ナハトは攻撃を回避しながら時折男たちの様子を見ていた。すると、トルトゥーガが背中に翼を生やそうとしている事に気付いた。ナハトはトルトゥーガに対し、首を縦に振って合図をした。ナハトの合図を受けたトルトゥーガは、翼を一気に生やして後ろで動きを封じていた男を吹き飛ばし、そのまま一回転し、翼でナイフを構えていた男も吹き飛ばした。

トルトゥーガの無事を確認したナハトは、コートからもう1つの武器、ケイオスブラスターを取り出した。ケイオスブラスターは魔力を弾丸として打ち出す銃であり、炎や氷などの属性の弾丸を撃ち出す事も出来る優れものである。ナハトはケイオスブラスターを構え、引き金を引いた。

「くたばれ!」

ケイオスブラスターの銃口からは、闇属性の弾丸が放たれ、さっきまで攻撃を仕掛けて来た男の胸を撃ち抜いた。続けてトルトゥーガの動きを封じていた男の胸を、最後にナイフを構えていた男の胸を撃ち抜き、自分達を襲って来た刺客全員を倒した。

「何とか生き延びる事ができたか…」
「ナハトって強いんだね!」

トルトゥーガは目をキラキラと光らせ、ナハトの方を見ていた。ナハトはこの女と関わると面倒だからとさっさとその場を立ち去った。だが、トルトゥーガはナハトの後を付いてきた。しばらく無視していれば諦めて帰るだろうと思っていたが、あろうことか彼女はナハトの泊まっている宿まで付いてきたのである。

「…何故付いてくる…」
「私、ナハトに興味あるの」

この女には何を言っても無駄だと言う事に気付いたナハトは、せめて彼女が何者なのか聞く事にした。

「…じゃあ、これだけは聞かせてくれ、お前は何者なんだ?」
「私? 私は天上界にいる光精霊だよ」

光精霊は聖なる存在であり、滅多な事では人間の前に姿を現さないが、どうやらトルトゥーガは人間に興味をもってやって来たらしい。

「…分かった、宿代は俺が払うから、絶対に変な事はするなよ?」
「分かったよ、ナハト」

その後、宿に帰った二人はベッドで眠りにつき、一夜が明けた。ナハトは部屋に差し込んでくる太陽の光で目が覚めた。朝食を取る為、ナハトが寝ぼけ顔でリビングに向かうと、キッチンの方から食欲をそそる匂いがし、ナハトの眠気を覚ませた。

「あ、おはようナハト」

そう言ってトルトゥーガはキッチンの方からナハトに笑顔を見せた。トルトゥーガはキッチンで目玉焼きを作っていたようであり、じーっと様子を見ていると、もうすぐできるからねと優しく答えた。その後、ナハトは椅子に座り、目玉焼きができるのを待った。しばらくすると、トルトゥーガが出来立ての目玉焼きを持ってきた。

「できたよ、さあ、食べよう」

トルトゥーガも椅子に座り、朝食が始まった。目玉焼きの味はシンプルに塩コショウだけではあったが、焼き加減が丁度良く、黄身も半熟であり、普通に美味であった。少なくとも、ナハトが適当に焼いた目玉焼きよりは美味しく、この時、ナハトはトルトゥーガを拾って良かったと感じた。2人が目玉焼きを食べ終わると、ナハトは出発の準備を始めた。

「ナハト、もしかして今から出るの?」
「ああ、宿に泊まるのは今日までだからな、お前も早くしろよ」

ナハトは手早く準備を済ませ、荷物を魔法で別空間に転送した。その後は一足早く出発し宿代を払ってトルトゥーガを待っていた。トルトゥーガはその1分後ぐらいにやって来て、遅れてごめんと謝ったが、ナハトは別に待ってないと返した。そして、ナハトとトルトゥーガは2人旅に出た。

「やはり太陽の光と言うものは苦手だ…」
「太陽の光が苦手って…ナハトはモグラかな?」
「そうかもしれないな」

ナハトは日中に外出するのがあまり好きではなく、理由は太陽の光が眩しくて苦手と言う事、もう一つは人の多い場所が好きではないと言う事である。実際、現在の時刻は朝であるが、人が沢山いる、ナハトは人が多い場所だと落ち着かないのだ。

「朝からこんなに多く…一体何の用事があるってんだ…」
「まあ、それぞれ事情があるんだよ、きっと」

すると、ナハトは人混みに怪しい人物を見つけた。その人物は黒いスーツを着込んでおり、口にはマスク、目にはサングラス、頭には黒い帽子を被っていた。あからさまに怪しいその人物は、人混みの中で微動だにせず、ナハト達の方を見ていた。

「…トルトゥーガ、お前はゆっくりでいいから付いて来い」
「ゆっくりって…ナハト、どうするの?」
「俺はあいつを追う…!」

そう言ってナハトは怪しい人物を追った。すると、その人物は路地裏の方に向けて逃げ出したが、ナハトはうまく人混みの中を掻き分けながら追い、一度たりともその人物を見失う事はなかった。

ナハトの追う怪しい人物は、次第に街中から街外れの廃工場へと逃走場所を移していた。その廃工場はかつて銃や剣などの武器を生産していた工場であったが、数年前に機械の老朽化によって爆発事故が起こった為、廃工場となった。現在は犯罪者が怪しい取引をする為に使われる場所である為、防衛隊以外は近寄る事のない危険地域である。

怪しい人物を追っていたナハトは、廃工場内にその人物が入った事を確認し、自身も廃工場内に入った。どこかに銃を持った仲間が隠れていないか警戒しつつ、自身もケイオスブラスターを取り出し、周りを見渡した。

「よくここまで追って来たね、ナハト・ザラームくん」

そう言って現れたのは、マスクや帽子、サングラスを外した先ほどの怪しい人物であった。街中で会った時は性別が分からなかったが、素顔を見て声を聞いた事で女性と確信した。

「私はシュヴァルツゼーレのラフ、よろしくね」

長い深緑の髪と赤紫の瞳を持った彼女は、ナハトに対して銃を向けながらそう答えた。

「なるほど、昨日刺客を送って来たのはお前か」
「勿論よ、あなた達みたいに力を持った存在はシュヴァルツゼーレにとって邪魔だからね」

そんな話をしていると、トルトゥーガが廃工場の入り口にやって来た。かなり急いで走ってきたようであり、息を切らせていた。

「ナハト! 大丈夫!?」
「来るな! トルトゥーガ!!」

すると、ラフはトルトゥーガに向けて拳銃を発砲した。銃弾はトルトゥーガの右肩を掠め、傷口からは人間と同じ、深紅の血が流れた。

「貴様! 何故こんな事を!?」
「邪魔だからよ、あなたのように力を持った存在が」

ナハトはラフに対し、ケイオスブラスターを向けた。それを見たラフは死を恐れていないのか、微笑した。

「ケイオスブラスター、魔力を弾丸として放つ銃ね」
「それも把握済みか」

ナハトとラフは互いに銃を向け合い、膠着状態が続いた。30秒ほど経った頃、ナハトは口を開いた。

「一つ答えてもらおう、デロリア・ルーゼンナイトと言う女の居場所を」
「フ…、やはり貴様の目的はデロリア様か…」
「いいから答えろ!」

ラフは再び微笑した、まるでナハトの目的がくだらないとでも言うかのように。10秒ほど経つと、ラフはデロリアの居場所を答えた。

「デロリア様は今、人間の作った偽りの楽園、エデンシティにいる」
「…やはりあいつは変えるつもりか、堕落した今の世界を…」
「デロリア様の目的は偉大だ、その世界に、貴様の様な人間は必要ない!!」

そう言ってラフは銃の引き金を引こうとした、しかし、その前にナハトはケイオスブラスターの引き金を引き、発砲した。ケイオスブラスターの銃口から放たれた闇属性の弾丸は、ラフの胸を貫き、ラフは仰向けに倒れ、動かなくなった。

「…デロリア、お前はやはり…」

ナハトはケイオスブラスターをコートの裏にしまった。ずっと廃工場の入り口にいたトルトゥーガは、周りの安全を確認すると、ナハトに駆け寄ってきた。

「ナハト! 大丈夫だった?」
「ああ、問題ない」

ナハトはトルトゥーガの撃たれた右肩を見た。すると、傷口だけでなく、破れた服も元通りに修復されており、彼女が光精霊なのは事実なんだなと実感した。

「トルトゥーガ、俺達のいく場所が決まったぞ」
「エデンシティ…だよね…?」

エデンシティはナハト達の今いるレクスシティの北東に存在する街で、誰もが住みやすい楽園の様な街を謡ってはいるが、その裏では様々な犯罪が横行し、防衛隊でも手に負えない状況となっているのである。その為、一部からは偽りの楽園とも言われており、こういった街である為、シュヴァルツゼーレも活動しやすいのであろう。

「俺はデロリアと言う女と決着を付けなければならない、その為なら俺は…」
「分かった、行こう、ナハト」
「ああ」

ナハトとトルトゥーガは偽りの楽園、エデンシティを目指し、魔力で動くバイク、魔導バイクに2人で乗り、荒野を走っていた。魔導バイクは風の魔力でタイヤを回転させ、更に風を推進力とする事で走行するバイクである。その最高時速は100㎞近くに及び、長距離移動にはもってこいのバイクなのである。ちなみに、エデンシティではこの魔導バイクを使ったレースが開催されているらしい。

この魔導バイクはナハトの私物であるが、静かな夜を好む彼はあまり使用せず、かなりの長期間別空間にしまっておいたものである。だが、レクスシティからエデンシティまでは10㎞近くあり、歩くのが面倒な為、使用する事になった。2人は魔導バイクで荒れた荒野を駆け抜け、シュヴァルツゼーレの襲撃を受ける事もなく、無事、エデンシティに到着した。

「着いたね、ナハト、お腹すいたから何か食べよう」
「いや、そうはいかないみたいだ」

ナハトが駐車場に魔導バイクを止めていると、いつの間にかエデンシティの悪人数十名に囲まれていた。悪人たちは斧や刀、銃で武装しており、明らかにナハト達を殺す気満々であった。

「はぁ…この街の治安はどうなってやがる…」
「どうするの? ナハト」
「俺に任せろ」

そう言うと、ナハトはコートの裏からケイオスブラスターを取り出し、速射モードにして闇属性の弾丸を数十発発砲した。それらの弾丸は全て悪人たちの首や胸に命中しており、悪人たちは次々と地面に倒れ、動かなくなった。ナハトの素早く的確な射撃を見たトルトゥーガは大変驚いており、声を出す事も出来ず、ただ目を丸くして驚いていた。

「喧嘩を売る相手を間違えやがって、馬鹿な奴らだ」

ナハトが悪人たちを全滅させた後、少し遅れてエデンシティの防衛隊が到着した。防衛隊は銃や剣で武装した軽装の隊員たちで構成されており、その名の通り、街を守る事が目的の部隊である。しかし、エデンシティには悪人があまりにも多く、防衛隊自体が逆に返り討ちに会う事も多く、市民からはもっぱら役立たず呼ばわりされている。防衛隊の隊員たちは自分達が到着する前に討伐対象の悪人たちが討伐されていた事に驚いていた。当然、こんな事は防衛隊の設立以来初めてであり、防衛隊のリーダーだと思われる女性は、現場にいたナハトに話を聞く為、近寄って来た。

「失礼、君がこの悪人たちを1人で?」
「ああ、やらなきゃ俺がやられてたからな」

その言葉に、防衛隊の隊員たちは更に驚いていた。エデンシティの悪人たちは防衛隊の手に負えないぐらい凶暴で、隊員数人がかりで鎮圧する事が主であるが、ナハトはそれをたった1人で全滅させたのだ。

「自己紹介が遅れたわね、私はミソラ・アートランド、防衛隊の隊長です」
「俺はナハト・ザラーム、で、こっちが仲間の」
「トルトゥーガ・ネリンです」

このミソラと言う女性は白く美しい長髪と、名前の通り、空のように美しい瞳が一番の特徴で、とても防衛隊の隊長をやってるようには思えない美しい顔立ちをしていた。武器は剣を使うようで、腰に剣を携えており、戦闘ではこれを振って戦うのだと思うと、とても凛々しい女性なのだなと感じた。

「すまん、もういいか? 俺達は先を急いでいるんだ」
「あ、ごめんなさいね、できればあなたを防衛隊に入れたかったんだけど…」
「悪い、人と関わるのはあまり好きじゃないんだ」

そう言ってナハトはトルトゥーガを連れ、その場を立ち去った。立ち去るナハトとトルトゥーガの後姿を見て、ミソラはある忠告をした。

「この街には、私達でも手に負えないとんでもない組織がいる、それに気を付けてね!」
「分かった、その忠告、受け取っておくよ」

その後、ナハトとトルトゥーガはエデンシティの廃工場にやって来た。こういった場所は犯罪者が潜伏している事が多く、きっとシュヴァルツゼーレもこういった場所にいると思ったのである。すると、廃工場の入り口に1人のスーツを着た女性が立っていた。こんな場所に女性1人でいる事はまずない。ナハトが警戒すると、その女性はナハトに話しかけてきた。

「君がナハト、そしてそっちがトルトゥーガかな?」
「俺達の事を知っているとは、シュヴァルツゼーレだな」
「ご名答、私はレイス・ヴァローナ、よろしく」

レイスと名乗った彼女は、グレーのショートヘアに、青い瞳の可愛らしい女性であり、とても悪人とは思えない人物であったが、以前のラフの事もあり、油断は禁物であった。

「ラフを殺ったのは君達らしいね」
「それがどうした」
「いや、どれほどの力を持っているか見させてもらおうと思ってね」

レイスが左手を挙げて合図をすると、ナハトとトルトゥーガの周りを数十人の男たちが包囲した。服装からして、シュヴァルツゼーレの構成員ではなく、エデンシティにいる悪人たちのようであった。恐らく、金か何かで雇われたのであろう。

「ナハト…! これ…!」
「ああ、どうせこんな事だろうと思ったよ」
「ナハト、そしてトルトゥーガ、ここで潰してあげるよ、やれ!」

レイスの合図で、剣や斧で武装した悪人たちが一斉に攻撃を仕掛けた。ナハトはコートの裏からシャドウエッジを手に取り、反撃の構えを取ったが、彼の後ろには無防備のトルトゥーガがいる事を思い出した。

「しまっ…! トルトゥーガ…!」

すると、トルトゥーガは右手に槍を召喚し、悪人たちを薙ぎ払い、吹き飛ばした。吹き飛ばされた悪人たちは、地面に倒れ込み、動かなくなった。

「セインスピアード…聖なる金属で作られたこの槍は…魔を断つ力を持つ…!」

セインスピアードと呼ばれたその槍は、白銀色の美しい槍で、各部は白鳥の羽根の様な装飾がなされ、刃先は宝石のように輝き、武器とは思えない美しさを持ったその槍は、装飾品のようにも思えた。

「トルトゥーガ…お前…」
「ナハトばかりに任せてられない! 私も戦うよ!」

そう言ってトルトゥーガは羽を生やし、上空に飛び上がった。そして、セインスピアードを振って真空波を放ち、悪人たち数人を一気に吹き飛ばした。

一方のナハトは、シャドウエッジで悪人たちの喉元を斬り裂き、1人、また1人と悪人の命を奪っていった。そして、いつの間にか残りはレイス1人となっていた。

「後はお前だけだな、レイス」
「残念、今日は戦う予定じゃないんだ」

そう言うと、レイスは煙玉を投げ、ナハトたちの視界を奪った。ナハトとトルトゥーガが煙を吸って咳き込み、周りの視界が奪われている間に、レイスはその場を立ち去り、煙が収まった頃にはレイスの姿はなかった。

「逃がしたか…」
「せっかくシュヴァルツゼーレに近づくチャンスだったのに…」

ナハトはコートの裏にシャドウエッジをしまい、トルトゥーガもセインスピアードを別空間に転送した。

「とりあえず、今日はどこかに宿を取って休むか」
「その前に、何か美味しい物食べようよ」
「…疲れてるから少しだけだぞ」

エデンシティに到着して1日が経った翌日。ナハトとトルトゥーガはエデンシティにある安い宿を取り、何事もなく、無事に一夜を開ける事ができた。そして翌日、トルトゥーガは朝早くから朝食の支度をしていたが、朝が苦手なナハトは、朝の9時になっても布団に籠っていた。いつまで経っても起きてこないナハトに対し、トルトゥーガは料理中ではあったものの、ナハトの部屋に突撃し、布団を引きはがした。

「ナーハートー! いつまで寝てるの!」
「うるせえな…眠いから寝させろよ…」
「駄目! 早く起きて!」
「分かったよ…ったく、うるさい光精霊だ…」

その時、キッチンの方から焦げ臭い匂いと、黒い煙が漂って来た。火を付けたままだったので、調理中の卵焼きが焦げていたのだ。トルトゥーガは慌ててキッチンの方へ向かい、ナハトはもうひと眠りしようと思ったが、どうせまた寝てもトルトゥーガに起こされるだろうと思い、ナハトはしぶしぶ起きる事にした。

今日はシュヴァルツゼーレに関する情報収集をする事を決めており、朝食を食べた後はすぐ調査に向かう予定である。その為、ナハトはいつでも出られるよう、準備をしていた。すると、キッチンの方からトルトゥーガの悲鳴が聞こえてきた為、ナハトは慌ててキッチンの方へ向かった。ナハトが到着すると、トルトゥーガは無事で、火は消されており、煙は窓の外に出ていっていたが、テーブルに一本の矢が刺さっており、よく見ると、矢には手紙が結ばれていた。

「ナハト…これ…」
「ああ、どうせシュヴァルツゼーレだとは思うが、読んでみるか」

ナハトは矢に刺さっていた手紙を読んだ。手紙には、エデンシティのB地区にある廃工場に来いとだけ書かれていた。それ以外は何も書かれておらず、差出人も不明であった。

「ナハト…どうする…?」
「行くしかないさ、デロリアの事が分かるかもしれないからな」
「じゃあ、せめてご飯食べてから行こう」
「その黒焦げか…まあ、いいだろう」

ナハトは黒焦げの卵焼きを朝食として食べた。黒焦げではあったものの、味付けがしっかりしていたのか、そこまで不味くはないようにも思えた。朝食を食べ終え、準備を終えると、2人は宿の前に止めていた。魔導バイクに乗り、宿の東側にあるB地区へと向かった。

B地区は港などがある場所で、貿易が盛んな場所であり、一般人も多く、悪人は他の地区に比べて少ないが、この地区には誰も近寄らない廃工場が一つだけある。そこは一年中閉まっており、中はどうなっているか分からないが、噂では処刑場があると言われている謎の場所なのである。防衛隊も前々から調査をしようとしているのだが、先ほど述べた通り、一年中閉まっており、壁を壊そうとしても頑丈過ぎて破壊不可能なのである。

「ここだな、廃工場ってのは」

ナハトとトルトゥーガは廃工場の前に到着し、魔導バイクを止め、廃工場の扉を開けた。一年中閉まっているはずの廃工場の扉は開いており、ナハトとトルトゥーガは中に入った。その時、突然廃工場の扉が閉まった。

「ようこそ、悪魔の廃工場に」

若い女性のその声と共に廃工場の電気が付いた。そこには回転ノコギリやボウガンのトラップなど、危険なトラップで武装された一本の橋があり、少しでも足を踏み入れれば命の危険があった。この様子はまさに悪魔の廃工場と言う言葉が似合っていた。

「貴様、シュヴァルツゼーレの兵士だな」
「勿論、私はライラ・レスポード、シュヴァルツゼーレの工作員だよ」

ライラと名乗った彼女は、桃色の長い髪と、青い瞳をした女性であり、その表情はナハト達が無残に死ぬ事を楽しみにしているのか、笑顔を見せていた。そのライラはナハト達のいる場所の橋の先に立っており、安全な場所からナハト達を眺めていた。

「ナハト、ここから出たければ、ここまで来て私を殺してみなよ」
「お前を殺してどうなると言うのだ」
「ここの扉は私の命と連動しているから、私を殺せば開くよ」
「なるほど、どのみちこのトラップを突破しないといけないと言う訳か!」

そう言ってナハトはトラップ群に足を踏み入れた。足元は回転ノコギリが等間隔に設置されており、まともに踏める足場は少なかったが、ナハトの身体能力で軽々と回転ノコギリトラップを回避した。続けて、ボウガンがナハトのいる場所目掛けて飛んできたが、ナハトはそれを回避し、ケイオスブラスターでボウガンの砲塔を破壊した。

「そんな…!」

橋の向こう側にいるライラの表情には焦りが見え始めたが、ナハトは表情一つ見せずトラップを回避し、最後のトラップであるトゲ付き振り子鉄球のトラップも、鉄球の上に乗り、跳んで移動する事でクリア。あっという間にナハトはライラの下へと到着したのである。

「言われた通り、来てやったぞ」
「ひっ! あんた、化け物よ!!」

そう言ってライラはナハトに拳銃を向けたが、ケイオスブラスターで拳銃を破壊され、ライラは丸腰となった。ナハトはそのライラにケイオスブラスターを向け、自身の目的であるデロリアの事について聞いた。

「答えろ! デロリア・ルーゼンナイトについて知っている事を!!」
「知らない! 私はただの工作員だもの!!」
「ならお前に用はない!!」

そう言ってナハトはライラの腕を掴み、回転ノコギリの方に投げ飛ばした。ライラは回転ノコギリに胴体を斬り裂かれ、遺体はそのまま橋の下に落下していった。その後、ライラの死をもって廃工場の扉が開いた為、ナハトは来た時と同じ要領で入り口まで戻り、トルトゥーガと共に廃工場の外に出た。

「結局、デロリアの事は分からずじまいって訳か…」
「骨折り損のくたびれ儲けだね、ナハト」
「そうだな」

偽りの楽園、エデンシティに到着し、悪魔の廃工場での戦いを終えたナハトとトルトゥーガ。だが、ナハトの目的はまだ達成されていないままである。しかし、ナハトは諦めずに情報収集を続けるのであった。悪魔の廃工場をナハトが攻略して1日が経過した。ナハトとトルトゥーガはエデンシティの街中を歩いていたが、悪人たちの活動場所として有名なエデンシティにしては珍しく、今日の街は平和そのものであった。そんな平和な街を歩くナハトとトルトゥーガは今日もシュヴァルツゼーレの情報を集めており、街中の怪しい所を探し回っていたが、途中でトルトゥーガがお腹を空かしてしまい、現在は近くの露店でホットドッグを購入し、近くのベンチで2人仲良く食べていた。

「ねえナハト、これ美味しいね、何て言う食べ物なの?」
「ホットドッグだ」
「ホットドッグかぁ…って! これ犬の肉なの!?」
「いや、そのドッグではない、ホットドッグと言う料理名なんだ」

その時、2人がホットドッグを食べていると、黒ずくめの男女に追われている女性がいた。長い茶髪に、黄色い瞳の少し気が強そうな女性で、ショートパンツスタイルの動きやすい服装をしていた。腰には銃を携えていた事から、多少の戦闘はできるのだろう。追われているその女性は、封筒を大事そうに抱えており、恐らく、何か大事な書類を奪って逃走しているのであろう。ナハトは、その女性に興味が湧いてきた。

「トルトゥーガ、俺は先に行く、お前は後から来い」
「えっ!? ちょっ…ナハト!?」

ナハトは食べていたホットドッグを飲み込むと、ベンチから立ち上がり、女性の後を追った。1人残されたトルトゥーガはまだ食べ終わってなかったが、ナハトからはぐれてはいけない為、慌ててナハトの後を追った。一方、黒ずくめの男女に追われていた女性は、エデンシティの埠頭に身を潜めており、息を切らせながらドラム缶の陰に隠れていた。

「ハァ…ハァ…あいつら、ここまでは追ってこないでしょ…」

女性は呼吸を整えると、封筒を開け、中身を見ようとした。その時、近くで足音がした為、女性は身構えた。もし追手が来たとすれば、戦闘は必須である。女性は、腰に携えたニードルで攻撃をする銃、ニードルガンを手にし、身構えた。

「待て、俺は戦うつもりはない」

そう言って現れたのは、ナハトとトルトゥーガであった。当然、彼女は2人の事を知らない為、怪しい人物としか思わない。

「黒い服…あんたらもシュヴァルツゼーレの追手?」
「違う、俺はシュヴァルツゼーレの情報を集めている者だ」
「シュヴァルツゼーレの情報を…?」

今の世の中でシュヴァルツゼーレに立ち向かおうとする者は少ない、いても大体が殺されてしまうので、誰も立ち向かわない。その為、シュヴァルツゼーレの相手は防衛隊がする事が多く、一般の人物がシュヴァルツゼーレに立ち向かう事は珍しい。

「自己紹介が遅れたな、俺はナハト、ナハト・ザラーム、で、こっちが…」
「トルトゥーガ、トルトゥーガ・ネリンだよ」
「私はシレーヌシレーヌ・レーデよ」

3人が自己紹介を終え、互いに敵ではない事を認識すると、シレーヌは自身が何者かを話し始めた。

「私は賞金稼ぎでね、普段は悪人を捕まえてお金を稼いでるんだけど、たまにこうやって情報を盗んでお金を稼ぐ事もあるのよ」
「何故そこまで命の危険を冒す? お前は賞金稼ぎだろ?」
「私はね、悪い人間が許せないのよ、それが例えシュヴァルツゼーレでもね」

ナハトは自分達以外にもシュヴァルツゼーレと戦う者がいる事に驚いた。大体の人物はシュヴァルツゼーレを恐れて戦おうとせず、どの人物も逃げ腰であった為、シレーヌの様な人物を見た事がなかったのだ。そして、シレーヌとならいい協力関係が取れると思った。

シレーヌ、お前が命がけで取って来た情報を俺にくれないか?」
「何でそんなにシュヴァルツゼーレの情報が欲しいの?」
「俺は追っている人間がいる、そいつは、シュヴァルツゼーレにいるんだ」
「そうねぇ…いいんだけど、追手をどうにかしてくれたら、ね?」

シレーヌの視線の先には、追手の男女が現れた。片方は銀髪ショートの男性、もう片方は茶髪ロングの女性で、2人は拳銃をこちらに向けていた。

「あいつらをどうにかすればいいんだな?」
「そう、何とかしてくれたら、これあげる、ね?」

ナハトは仕方なくケイオスブラスターを手に取り、追手の男女に銃口を向けた。

「お前は確か、シュヴァルツゼーレに逆らう…」
「ナハト、ナハト・ザラームだ」
「そうか、俺はシュヴァルツゼーレ所属のセロだ」
「同じく、シュヴァルツゼーレ所属のノルよ」

追手の2人はナハトに向けていた拳銃を発砲した。それと同時に、ナハトもケイオスブラスターから闇属性の弾丸を放った。ナハトの放った弾丸は、2人の放った銃弾を撃ち落とした。

「なっ!?」
「嘘っ!?」
「…もう終わりか…?」

追手の2人は続けて2発、3発と拳銃を撃った。しかし、どの銃弾も全てナハトに迎撃され、無力化された。そうこうしている間に、拳銃は弾切れとなってしまった。

「あいつの銃…無尽蔵なのか!?」
「生憎俺のケイオスブラスターは魔力を銃弾として放つ銃でな、魔力が枯渇しない限り弾切れは起きないんだよ」

そう言ってナハトはケイオスブラスターをセロに向け、引き金を引いた。銃口からは闇属性の弾丸が放たれ、セロの胸を撃ち抜いた。胸を撃ち抜かれたセロは仰向けに倒れ込み、動かなくなった。

「セロ!!」

ナハトは間髪入れず、続けてケイオスブラスターの引き金を引き、闇属性の弾丸を放ってノルの胸を撃ち抜いた。ノルは胸を撃ち抜かれ、しばらくは生きていたが、最後は力尽き、地面に倒れ込んで息絶えた。

「驚いた、ナハトって強いんだね」
「まあな」
「じゃあ、約束通りこの情報はあげるね」

シレーヌはナハトに封筒を手渡した。ナハトはシレーヌに感謝すると、封筒の中身を取り出した。中には3枚の紙が入っており、ナハトはトルトゥーガやシレーヌと共にそれを読んだ。すると、読んでいくうちに恐るべき事実が明らかとなった。

「…デロリア…お前は…エデンシティの市長を殺すつもりなのか…?」

封筒に入っていた紙には、明日エデンシティの市長を暗殺すると書かれていた。シュヴァルツゼーレは偽りの楽園であるエデンシティの市長を殺し、世界にその名前を轟かせるつもりなのである。エデンシティの市長が暗殺される事を知ったナハトは、その事を防衛隊に伝え、エデンシティ全域に警戒態勢を取った。市長のいる部屋の近くは多くの防衛隊隊員に護衛されており、流石のシュヴァルツゼーレも立ち入る事は難しくなっていた。ナハトもその護衛に参加しようとしたのだが、流石に一般人を市長の部屋の周りに配置する事はできず、ビルの入り口にトルトゥーガやシレーヌ共々配置されていた。

「で、何であたしも参加する事になってんの?」
「重要な情報を見つけてくれた人だかららしいです」
「だからって…こんな危険な事に参加させないでよね…」

そんな話をしていると、防衛隊隊長のミソラがやって来た。ミソラはエデンシティ全体を部下と共にパトロールしており、何度も同じ場所を行き来していた為か、顔に疲れが見えていた。

「やあ、ナハト、ちょっと代わってくれないか?」
「断る、面倒事は苦手だ」
「もう、ケチ、代わってくれたら入手困難な伝説のメロンパンあげようと思ったのにな」

ナハトは、ミソラが話している時に嫌な感覚に襲われていた。まるで今からとてつもなく恐ろしい事が起こる、そんな気がしていた。警戒は厳重で、猫一匹侵入を許す事がない完璧な警備に、トルトゥーガやミソラと言った大きな戦力がいるこの状況、恐ろしい事など起きるはずがなかったが、ナハトは感じていた。シュヴァルツゼーレはこの状況で必ず市長の暗殺を実行すると。

「もしもし? ナハト、大丈夫かい?」
「…嫌な予感がする」

ナハトがそう呟いた時、市長のいるビルの最上階が爆発とともに消し飛んだ。そこには当然、エデンシティの市長がおり、護衛の防衛隊隊員も数名が配置されていたが、彼らは先ほどの爆発で痛いと感じる間もなく一瞬で消し飛んだのだ。

「何だ今の爆発は…何が起こったと言うのだ…?」
「…恐らく、シュヴァルツゼーレの長距離攻撃だろう、奴らならそれが可能なはずだ」

ミソラにそう伝え、ナハトは先ほどの攻撃が放たれたと思う場所向け、走り出した。

「ナハト! どうする気だ?」
「俺は犯人を追う! ミソラ達はこの辺の警備を続けてくれ!」

そう言い残し、ナハトはその場を立ち去った。だが、そんなナハトの後をトルトゥーガとシレーヌが付いてきた。

「…何故お前らも付いてくる」
「いや、ナハト1人じゃ絶対無茶するからさ…」
「一応、あたしみたいな女でもいた方がマシでしょ?」
「…仕方のない奴らだな」

ナハト達が市長のいるビルを攻撃したであろう場所に向かうと、そこには黒いコートを着たオレンジ色の長髪の女性が立っていた。桃色の瞳を持つ彼女は、この世界に未練はないかのように無表情で、近くには射撃に使用したであろうライフル銃が落ちており、彼女自身は高周波で相手を斬り裂く長剣、高周波ブレードを握っていた。その彼女の事を、ナハトは誰よりも知っていた。

「…やはりお前か、デロリア」
「…ナハトか、来ると思って待っていたよ」

トルトゥーガとシレーヌは、彼女がナハトがずっと追っていたデロリアだと知り、驚愕すると同時に、シュヴァルツゼーレのリーダーが目の前にいる事に驚いていた。

「何故、市長を殺した? 別に殺さなくてもよかったはずだ!!」
「フフフ…甘いね、ナハト、奴はこの世に必要ない人間だ」

ナハトは人付き合いが苦手で、人と関わる事も得意ではないが、命の重さに関しては全員平等だと言う事を知っている。まして、かつての恋人である彼女が人の命を軽く見た言葉を発すると、心の底から怒りが込み上げてきた。

「考えてみろ、この世界の人間のほとんどは自分の事しか考えていない愚か者ばかりだ、そんな奴らに、いい世界が作れると思うか? 作れないさ」
「だから何だ! そんな人間は全員この世から消し去るって言うのか!?」
「正解だ、ナハト、君も私も、そう言った人間たちのせいで酷い目に会っただろ?」
「俺とお前が酷い目に会ったのは事実だ、だが、俺はそこまで人間の事を憎んでない!!」

ナハトが大声で自分の意思を伝えると、場は静まり返った。しかし、その間もデロリアはクスクスと笑っていた。

「じゃあ、どうすると言うのだ? 私を殺して正義のヒーローにでもなるつもりか? かつての恋人であるこの私を殺して?」
「デロリア! 俺は、お前を殺さない! お前を止めてみせる!」

ナハトはコートの裏からケイオスブラスターを取り出し、発砲した。銃口から放たれた闇の銃弾はデロリア目掛けて一直線に飛んで行ったが、デロリアはその場を一歩も動かず、高周波ブレードで全て切り払った。ナハトは諦めずに2発、3発と撃ったものの、デロリアはその銃弾の全てを高周波ブレードで切り払い、無力化した。

「これがお前の実力か? ナハト」
「黙れッ!!」

ナハトはコートの裏にケイオスブラスターをしまい、シャドウエッジを取り出し、デロリアに斬りかかった。しかし、デロリアはその場から一瞬のうちに姿を消し、ナハトの後方に回り込んでナハトの右二の腕を斬りつけた。

「くっ! 高速移動か!?」

デロリアの高速移動は一瞬で姿を消し、攻撃の瞬間のみ姿を現して攻撃をすると言う物であったが、姿を現して攻撃をする動作があまりにも早く、おまけに現れる場所がランダムすぎる為、ナハトは対応できずに苦戦していた。

「ナハト、これが今の君の限界だ」
「くっ! まだだ! まだ…!!」

そうこうしている内に、ナハトの体は傷ついていった。このままではナハトが多量出血で死んでしまう。シレーヌはナハトを助ける為、自身の武器を使用する事にした。シレーヌの武器であるニードルガンは、様々な特殊弾頭を使用でき、その中には眠りニードルや痺れニードルなどがあった。シレーヌはその中から痺れニードルを装填し、動き回るデロリアに対し、銃口を向けた。

「お願いだから当たってよ…」

シレーヌは高速で動き回り、攻撃をする一瞬だけ姿を現すデロリアが現れる瞬間を狙ってニードルを発射した。発射されたニードルはデロリアの左太ももに刺さり、デロリアの動きを鈍らせた。

「くっ! 体が痺れる…!!」
「それはあたし特製の痺れニードルよ、10分もしない内にあなたの体は麻痺するはずよ」

その言葉を聞いたデロリアは、流石にこちらが不利と悟ったのか、高周波ブレードを別空間にしまい、落ちていたライフル銃を拾って撤退の準備を整えた。

「今回は私に負けにしておいてやる、だが、今度はこうはいかんぞ!」

そう言い残し、デロリアは高速移動でこの場から去って行った。シレーヌが機転を利かしたおかげで誰も死なずに済んだが、ナハトは心身共にボロボロになっていた。

「ナハト…大丈夫…?」

トルトゥーガが心配そうにナハトに話しかけたが、ナハトは無言で、返事がなかった。今の自分ではデロリアに勝てない事を知ったナハトは、次、デロリアに会った際にどうすればいいか悩んでいたのである。エデンシティの市長がシュヴァルツゼーレに殺害され、ナハトがデロリアに敗北したその夜のエデンシティは大混乱に陥り、ただでさえ悪い治安がさらに悪化、犯罪は多発し、一部では暴動も起きていた為、防衛隊はフルで出動し、悪人を鎮圧していた。そんな中、ナハトは宿の中で休んでいたが、今日の昼の事があまりにショックだった為、夜のエデンシティに出かけようとしていた。その時、トルトゥーガはナハトの事を心配し、話しかけた。

「ナハト…大丈夫?」
「…まあな」
「今から出かけるの…?」
「…ああ、俺の好きな夜の街を歩けば、少しは気が安らぐはずだ」

そう言い残し、ナハトは夜の街へ外出した。ナハトが外出した後、テーブルに座り、大好物のマカロンを食べていたシレーヌは、トルトゥーガに対し、ある事を聞いた。

「ねえ、ナハトって何で夜の街が好きなの?」
「前に聞いたところ、人付き合いが苦手だかららしいです」
「人付き合いが苦手…か…あたし達とは仲良くしてくれてるのにさ」

エデンシティの夜の街は治安が悪く、悪人たちは街中を徘徊し、暴れまわっては防衛隊の隊員たちに拘束されたり、始末されたりしていた。そんな中、路地裏では10代半ばの少女が5人程度の悪人に追い回されていた。悪人に追われていた少女は、少し髪の長い金髪の少女で、少し目つきの悪い赤い瞳の少女であったが、狐の耳と尻尾が生えていた。服装は闇に溶け込む為か黒一色の服装で、腰には護身用のサーベルが携えられていた。

「おい、女! どこまで逃げる気だ!」
「いい加減諦めて盗んだ金返せ!」

悪人たちはそう言い、少女を追い回した。だが、少女は息一つ切らしておらず、全然疲れた様子を見せていなかった。その後、少女と悪人は少し広い場所に出た。そこで少女は振り向き、腰に携えたサーベルを抜いた。そのサーベルは銀製であり、丈夫で切れ味が高く、かなりの値が張る高級品である。

「お? 俺らを殺す気か?」
「やれるもんならやって欲しいもんだな!!」

すると、少女は目にも止まらぬ速さで悪人たちに接近した。悪人たちが近くに現れた少女に気付いたのも束の間、悪人たちはサーベルで斬りつけられ、5秒も経たぬうちに悪人たちは全滅した。

「…これで追手は来ないはず」
「お前、中々やるな」
「誰!?」

その一部始終を見ていたのは、ナハトであった。彼は、少女の目にも止まらぬ剣の腕前を褒めていた。当然、お互いは見知らぬ存在であり、少女は警戒してサーベルをナハトに向けた。

「待て待て、俺はナハト、ナハト・ザラームだ、敵ではない」
「…私はココ、ココ・ルーよ」
「ココか…お前、獣人族だろ? 何故追われてる?」
「私は悪人たちから金品を奪って生計を立ててるの、今日も100万ゴールド程度を奪ったわ」
「えらく命がけの事をしているな」
「別にいいでしょう? 悪人なんてろくでもない人間なんだから」

すると、2人は人の気配を感じ取って身構えた。しばらくすると、ナハトの後方からアサルトライフルを持った悪人7人程度が現れた。

「エデンシティのバカ市長が死んだ! 今日は祭りだ!!」
「記念にお前らも死んで行けや!!」
「やれやれ…夜は静かにしなさいとお母さんに習わなかったか?」

そう言ってナハトはコートの裏からケイオスブラスターを取り出した。その時、ココはケイオスブラスターを見て驚いた。

「あんた…その銃って…!」
「まあ、昔ちょっとな…」

ナハトはケイオスブラスターを悪人たちに向けたが、悪人たちは怯える事もなく、ただ大笑いしていた。

「こいつ、たった1人で俺らに盾突く気か!?」
「馬鹿な奴だ! 撃ち殺せ!!」

悪人たちは一斉にアサルトライフルを発砲したが、ナハトはケイオスブラスターに風の魔力を込め、そのまま引き金を引いて小型の竜巻を放った。小型の竜巻はアサルトライフルの銃弾を巻き込み、竜巻の消滅と同時に銃弾は地面に落ちた。

「何っ!? 何だあの銃は!?」
「この銃は特殊な銃でね、魔力を銃弾として放つ事ができるのさ」
「くそっ! 撃て! 撃ち殺せ!!」

悪人たちは諦めずにアサルトライフルを発砲したが、ナハトは先ほどと同じ要領で小型竜巻を放った。そして、小型竜巻でアサルトライフルの銃弾を無力化し続けた為、悪人たちのアサルトライフルは全て弾切れとなってしまい、ナハトはその隙にケイオスブラスターから闇の銃弾を撃った。闇の銃弾が命中した悪人たちは1人、また1人と死亡し、最終的に悪人たちは全滅してしまった。

「命を無駄にしやがって…馬鹿共が…」
「ナハトって言ったっけ? あんた、強いんだね」
「そんな事はないさ、今日はある人間に負けちまったしな」
「大丈夫、あんたはきっと将来凄い人間になるよ」

そう言い残し、ココはその場を去って行った。ナハトはココの言葉で少し気が楽になり、宿に帰った。

「おかえり、ナハト」

入り口でナハトを出迎えてくれたのはトルトゥーガであり、トルトゥーガはそのままナハトと共にリビングに向かった。リビングではシレーヌがテーブルでマカロンを食べながら漫画を読んでいたが、ナハトは特に気にせずトルトゥーガと共にテーブルに座ってトルトゥーガの作ったホットミルクを飲んでくつろいでいた。ナハトはふと今日出会ったココの事が気になり、自称情報屋のシレーヌにその事を聞いてみた。

「なあシレーヌ、ココ・ルーって獣人族の女の事知ってるか?」
「ココ? ああ、あの悪人から金品強奪してる子ね、有名な子だよ」
「そいつにさっき会ったんだが、あいつは何者なんだ?」
「ココに会ったの? あの子は幼い頃に両親を失って、今みたいな事をして生計を立ててるんだよ」
「そうだったのか…」
「まあ、悪い子じゃないみたいだし、今度会ったら話聞いてみなよ」
「ああ、そうしてみる」

獣人族の少女、ココに出会ったナハト、彼女の言葉によって少し気が楽になったナハトは、明日から再びシュヴァルツゼーレの情報収集を再開する事にした。そして、エデンシティの市長が殺害された事件から一夜が明けた次の日、いつも通りトルトゥーガは朝早くから朝食を作っており、完成すると同時にナハトと勝手に居座ったシレーヌを起こした。2人は眠そうな目でリビングに向かい、テーブルに座った。今日の朝食は卵焼きとサラダ、フレンチトーストであり、料理の得意なトルトゥーガが作った物だった為、美味であった。その味は初めてトルトゥーガの料理を食べるシレーヌも認めていた。

「あら、美味しいじゃない」
「だろ? トルトゥーガは少し口うるさい所もあるけど、料理は得意なんだ」
「ナハト! 口うるさいは余計でしょ」
「はは、悪かったよ、俺なりの褒め方さ」

3人は朝食を食べ終わると、シュヴァルツゼーレの事について話し合いを始めた。今の所、エデンシティの市長が殺害された事による暴動は防衛隊の活躍もあり、最小限の死者で抑えられている。しかし、一般市民や防衛隊隊員の犠牲も多く、いかにエデンシティの治安が悪いかが分かった。邪魔な市長を始末したシュヴァルツゼーレは、これからやりたい放題やる事であろう。そうなる前に、自分達のできる事は何か話し合っているのである。

「あのシュヴァルツゼーレのリーダー、デロリアって言ったっけ? とても強かったわよね」
「そうですね、ナハトの力でも勝てなかったし…」
「デロリア…あいつは変わってしまったよ…もう昔のあいつじゃないんだな…」

ナハトのその言葉を聞いたトルトゥーガとシレーヌはある事に気付いた。まだナハトとデロリアの過去に何があったのかを聞いていなかったからだ。ナハトがずっとデロリアを追っていた事から、何かがある事は事実で、2人の関係は元恋人と言う事も過去にナハトから聞いていた。だが、過去に何があったのか、これはまだ聞いていなかったのだ。

「ねえ、前から気になってたけど、ナハトとデロリアって女の人、過去に何があったの?」
「はいはーい、あたしもそれ聞きたいなー」
「…そう言えばその事はまだ話してなかったな、あれは3年前の冬の事だ…」

3年前…それはナハトとデロリアがまだ20歳だった頃である。当時のナハトは世界各地を旅しており、今ほど性格も暗くなかった。だが、旅だけで生活費が稼げるわけでもなく、たまに悪人をひっ捕らえては賞金を貰って生活をしていた。まだその時はケイオスブラスターもシャドウエッジも所持しておらず、武器は鋼のナイフと拳銃であり、これで旅をしていたのである。

ある日、ナハトが真冬の夜を散歩していると、3人の若い不良に絡まれている女性がいた。その女性こそがデロリアであり、まだ当時は清楚美人と言った見た目の女性であった。ナハトはデロリアを見て一目惚れしたのであろう、気が付けば3人の不良を殴って気絶させていた。困っていた所を助けてもらったデロリアは、ナハトに深々と頭を下げて礼を言った。

「あ…ありがとうございます! 私、デロリア・ルーゼンナイトと言います、あなたのお名前は?」
「え…? あ…あぁ、ナハト、ナハト・ザラームです、無事でよかった…」

当時のデロリアにはナハトの事が正義のヒーローに見えたのだろう、その日の夜はナハトが旅で稼いだお金で建設した新築の家に泊めてもらった。ナハトとデロリアはその際、様々な事を話して仲を深め、翌日、更にまた翌日と2人は会って話をした。次第に2人は心を惹かれ合っていき、交際する事になった。交際してからと言うもの、2人は様々な場所に出かけ、幸せな2人旅をする事で仲を深めていった。その様はまさに、運命の人同士が出会ったかのようであった。だが、幸せな日々は長く続かなかった。

ある日、ナハトはデロリアに用事ができたからと出かけ、その日の夜遅くまで帰ってこなかった。夜の10時を回ろうとした頃、ナハトが帰って来た為、デロリアは浮気をしたのではないかとナハトを疑った。

「ナハトくん? 一体どこに行ってたのかな?」
「…デロリア、もう別れよう」
「…え?」
「俺は、君を不幸にしたくない、不幸になるのは俺だけでいい」

ナハトが何を言っているのか分からず、デロリアはナハトに詳しく聞いた。すると、ナハトとデロリアが暮らしている家のある土地を、世界的な大富豪が無理やり買収したのである。そのせいで、ナハト達の暮らす家が取り壊される事になったのである。

「何それ…ならまたどこかで暮らしましょう、ね?」
「…駄目だ、俺には家をもう一軒買う金がないんだ」
「なら私も一緒に稼ぐから!」
「…俺なんかの為に君を不幸にさせたくない、君とはここでお別れだ」
「…そんな…ナハト…」

その後、ナハトとデロリアが暮らしていた家は取り壊され、取り壊された場所には別荘がたてられることになった。住む場所を失ったナハトとデロリアは離ればなれになり、ナハトは精神的なショックで人付き合いが苦手となってしまい、デロリアはどこかへと姿を消してしまった。

「…そして、あれから3年後、デロリアはシュヴァルツゼーレを率いて世界の革命に乗り出した」
「ナハト…そんな事があったんだね…」
「全く、その馬鹿な金持ちのせいで世界中大変な事になってるわよ!」
「シュヴァルツゼーレの初めての任務はその金持ちの抹殺だった、デロリアは本気だ」
「ナハトの話を聞く限り、元々は優しい女の人だったんだね…」
「それがあそこまで変わり果てるとは…俺があの時、別れるなんて言わなければ…こんな事には…」
「過ぎた事を悔やんでも仕方がないわ、今はシュヴァルツゼーレをどうするか考えるべきよ」
「ああ、そうだな…」

すると、ナハトはコートの裏からケイオスブラスターとシャドウエッジを取り出し、テーブルの上に置いた。

「これは俺があの後世界を旅して入手した高性能な武器だ」
「これって…どちらも凄い金額の武器よね?」
「ああ、俺が持ち主と交渉して貰った物だ、だが、これがあってもデロリアには勝てなかった…」

その言葉に、場は静まり返ったが、しばらくしてトルトゥーガがある事を呟いた。

「それで勝てないんだったら、私達に頼ってもいいんだよ」
「トルトゥーガ…」
「シュヴァルツゼーレと戦ってるのは、ナハトだけじゃないんだよ」
「そうそう! たまにはあたし達や防衛隊の人達も頼りなさい!」
「トルトゥーガ…シレーヌ…ありがとう」

ナハトとデロリアの過去を知ったトルトゥーガとシレーヌ。3年前から続くナハトとデロリアの因縁を終わらせる為、彼女たちはナハトに協力する事を誓ったのである。

エデンシティのどこかにあるシュヴァルツゼーレの基地では、街に設置された防犯カメラの映像を盗み、基地のモニターを介して街の様子が映し出されていた。現在のエデンシティは市長が殺害された事により、暴れ出していた悪人たちを防衛隊がほぼ鎮圧し、街にはある程度の平和が戻ってきていた。その様子を見ていたデロリアは、部下のレイスに語り掛けた。

「レイス、現在のエデンシティ防衛隊の隊長は誰か知っているか?」
「ミソラ・アートランド、23歳の若き女性隊長です」
「そのミソラと言う女は我々シュヴァルツゼーレにとって邪魔な存在だとは思わないか?」
「確かに、奴はエデンシティの防衛に一番貢献している人物です」
「では、レイスにはミソラ・アートランドの抹殺を命じる」
「了解です、それでは、部下を率いてその任務を遂行して参ります」

そう言い、レイスはモニターのある部屋を後にした。部屋に残されたデロリアは一人、ナハトの事を考えていた。

「仮にミソラが消えたとして、我々の一番の脅威はナハトに変わりない…早めに手を打たなければな…」

一方、そのナハトはソファーに寝そべって新聞を読んでいた。ナハトは普段、新聞などは読まない人間なのだが、シュヴァルツゼーレの情報を少しでも仕入れる為、頑張って新聞を読んでいるのである。一方のトルトゥーガとシレーヌは出かける準備をしており、そっちに興味が移ったナハトは2人に話しかけた。

「どこかに行くのか?」
「うん、今から買い出しに行くの」
「で、あたしはトルトゥーガちゃんのボディガード、この街は何かと物騒だからねぇ…」
「そうか、俺は新聞を読んで情報収集をする、そっちは任せたぞ」
「うん、じゃ、行ってくるね」

そう言って、トルトゥーガとシレーヌは買い出しに出かけた。外はかなり散らかっており、辺りにはゴミなどが散乱していた為、その様子は台風が去った後の街のようにも見えたが、地面や壁には血が付いている場所や火で焼け焦げた場所などもあり、かなりの規模の暴動が起きた事が伺えた。

「あらあら、こりゃよほど悪人が暴れたっぽいわね」
「私達、襲われないでしょうか?」
「大丈夫! もし私達を襲う奴がいればぶっ飛ばせばいいのよ」

その時、ここから300mほど離れた場所で、複数の銃撃音が聞こえた。音から察するにアサルトライフルの発砲音であり、それを盾か何かで防御する音が聞こえてきた。

「何々? まだ暴れてる奴がいたの?」
「防衛隊がほぼ鎮圧したと言っていたのに…」
「様子を見に行ってみましょう!」

そう言ってシレーヌとトルトゥーガは音のする方に向かった。銃撃音のする場所では、レイス率いる数十人のシュヴァルツゼーレ兵が、アサルトライフルを発砲しており、防衛隊の隊員たちは巨大な金属の盾であるビッグシールドで銃弾を防いでいた。隊長であるミソラはブルーセイバーと言う青い剣から発生させたバリアで銃弾を防いでおり、防衛隊は防戦一方の状態であった。

「ミソラ・アートランド、もう諦めたらどうだ?」
「我々は何があってもお前達に屈する訳にはいかない! エデンシティの市民の為なら、命を捨てる覚悟でいる!」
「そうか…この街に住むクズ共の為にご苦労な事だ…」

すると、レイスは突然呪文を詠唱し始めた。レイスが詠唱している呪文はエクスプロージョンと言う大爆発を発生させる呪文であり、呪文の詠唱を終えたレイスは防衛隊目掛けてエクスプロージョンを放った。エクスプロージョンの爆発は一撃で防衛隊の隊員たちを吹き飛ばし、ミソラも爆発に巻き込まれて大けがを負った。

「所詮、お前達の力はこの程度だったようだな、今楽にしてやる」

その時、トルトゥーガとシレーヌがレイスの前に現れた。防衛隊の惨状を見たトルトゥーガは怒りがこみ上げ、レイスの方をじっと睨みつけていた。

「お前は…ナハトと共にいた光精霊か…」
「何でこんな事を…! 許せません…!!」
「あんたらに言っても無駄だろうけど、力で相手を従わせるのは良くないわね」
「知った事か、我々シュヴァルツゼーレの目的達成のために、そいつらは邪魔なのだ」
「そんな自分勝手、許しません!!」

トルトゥーガは背中に白い翼を生やし、右手に聖なる金属で作られた槍、セインスピアードを装備した。それと同時にシュヴァルツゼーレの兵士達はアサルトライフルを発砲したが、トルトゥーガは前面に魔導障壁と言う魔力のバリアを展開し、全て無力化した。

「今のは…バリアか…!」
「お願いです、退いてください、敵とは言え、私はあなた達を殺したくありません」
「敵の心配をするとは、頭の中がお花畑だな!!」

レイスは再びエクスプロージョンを唱え、トルトゥーガを攻撃した。トルトゥーガの周りでは大爆発が発生したが、先ほどと同じ様に魔導障壁を前面に展開する事でほぼ無傷の状態であった。

「馬鹿な…! エクスプロージョンを無力化するとは…!」
「これでもまだ退きませんか?」
「我々の目的を果たすまで、退く気はない!」

その言葉を聞いたトルトゥーガは自身の体の周りに複数の竜巻を発生させた。この技の名前はスパイラルカッター、竜巻から真空波を放ち、相手を切り裂く技である。トルトゥーガの体の周りで高速回転する竜巻からは複数の真空波が発生し、切れ味鋭い真空波がレイス含めたシュヴァルツゼーレの兵士達の体を切り裂いた。

「デロリア様…お許しください…」

体を切り裂かれたレイス達は地面に倒れ込み、命を落とした。いくら悪人とは言え、尊い命を奪ったトルトゥーガは悲しい気持ちになり、一粒の涙を流し、殺した相手の亡骸を見つめていた。

「私…言ったからね…殺したくないって…」

その後、トルトゥーガに命を救われたミソラと隊員たちは、本来自分達が守るべき相手である市民に命を救われた事で、もっと自分達の力を磨かないといけない事を実感したと同時に、トルトゥーガに対し、礼を言った。

「ありがとう、トルトゥーガくん、君のおかげで私達は助かった」
「そんな…私だってたまたま買い出しの途中でここに来ただけですから」
「そうか…ならお礼と言っては何だが、5千ゴールドをあげよう、私のポケットマネーだ、使ってくれ」
「ありがとうございます! では、私達はこれで」

光精霊であるトルトゥーガの活躍により、市民を守る防衛隊の隊長ミソラと部下である隊員たちは助かった。だが、日に日に強くなるシュヴァルツゼーレの攻撃は更に強くなる一方である。そんなある日の昼下がり、トルトゥーガとシレーヌはナハトが何かのリストを見ているのに気が付いた。かなり真剣に見ている為、気になった2人はナハトに対して何を見ているのか聞く事にした。

「ねえ、ナハト、何見てるの?」
「ん? ミソラから貰ったシュヴァルツゼーレが活動していると思われる場所のリストさ」
「防衛隊ともあろう人達が、よくそんな重要機密をくれたわね」
「それだけ俺達を協力者として見てくれてたんだろう」
「言っちゃ悪いけど、防衛隊の人達、人手足りなさそうだしね…」

ナハトの見ていたリストには、怪しいと思われる場所がびっしりと記されていた。だが、それはほぼエデンシティの全域であり、いかにエデンシティの治安が悪いのかが一目で分かった。

「あ~、これほとんど怪しいじゃない…」
「そう言えば、シレーヌはどっからシュヴァルツゼーレの情報を盗んできたんだ?」
「エデンシティの外れにある廃工場よ、あの後行ってみたけど、見事に放棄されてたわね」

リストに記された怪しい場所は、100ヵ所以上あり、これらを全て探索するにはとてもではないが人手が足りなかった。ナハトにこのリストを託した理由も、防衛隊の隊員だけでは人手が足りないから手伝ってほしいと言うミソラの一存である。

「さて…これだけ怪しい場所が多いとどこから探索すればいいか迷うな…」
「あ、だったらこことかどう?」

そう言ってシレーヌが指差した場所は、エデンシティの北に位置する埠頭であった。この場所では悪人たちの怪しい取引がなされていると言う噂があり、取引される物の中には危険な薬品や、武器、弾薬、果ては奴隷や人間の臓器など、様々だと言われている。防衛隊の隊員たちもちょくちょく見回っているが、悪人たちは防衛隊の裏をかいて取引する為、中々悪人を確保できずにいるのだ。

「まあ、千里の道も一歩からと言うしな、行ってみるか」
「じゃあ、早速行きましょう」

ナハト達は早速北の埠頭に向かった。移動にはナハトとシレーヌが魔導バイク、トルトゥーガが翼を生やして飛行と言う形で行われた。その為、トルトゥーガは一般人から驚きの目で見られており、恥ずかしくなったのかしばらくしたら上空を飛行するようになった。ちなみに、かつてこの世界には精霊や魔物の類は多数存在したが、度重なる種族間での争いが勃発した事で個体数を減少させ、今では精霊や魔物はかなり数を減らしている。5分ほど移動すると、ナハト達は北の埠頭に到着した。北の埠頭は倉庫やコンテナが多数あるだけの場所で、人の気配はなかったが、もしかすると今もどこかで取引が行われているのかもしれない。

「…誰もいないな」
「まあ、取引って言うのは隠れて行う物だからね」

その時、遠くから足音が聞こえてくるのが分かった。ナハト達は身構え、足音の先に視線を向けた。

「誰だ!?」

現れたのは、黒髪に青い瞳の男性と、茶髪に緑の瞳の男性であり、兄弟なのかよく似た顔をしていた。2人の表情は温厚そうな表情ではあったものの、この場所にいるせいなのかは分からないが、不気味さがあった。すると、黒髪の男性からナハト達に自己紹介を始めた。

「僕は、レイク・レノルド、よろしく」
「弟のクレイ・レノルドだよ、よろしくね」
「貴様らもシュヴァルツゼーレか?」

その問いに、2人は頷き、肯定したかと思うと、別空間から超硬質ブレードを取り出し、戦闘態勢を取った。そして、今度はクレイから話し出した。

「僕らはただ散歩してただけなんだけどね」
「でも、敵を見つけたからには戦わないとね!」

そう言い、2人はナハトに攻撃を仕掛けた。ナハトはコートの裏からシャドウエッジを取り出し、向かって来たレイクの攻撃を受け止めた。だが、相手は長剣、大してナハトは短剣であり、力の入れ具合などを考慮するとかなり不利であった。

「トルトゥーガ! シレーヌ! 援護を頼む!」

ナハトのその言葉を受け、トルトゥーガは翼を生やし、セインスピアードを召喚し、ナハトを助けるべく、ナハトと鍔迫り合いになっているレイクに真空波を放ったが、レイクは真空波が命中する前にその場を離れ、命中することはなかった。一方のシレーヌも腰のニードルガンを抜き、クレイ目掛けてニードルを放った。クレイは超硬質ブレードでニードルを次々と切り払い、一発たりとも命中する事がなかった。

「奴ら、今までの相手とは違うようだな」
「そうみたいね、かなり手練れてるわ」
「ナハト、勝機はある?」
「もちろんだ」

そう言ってナハトはシャドウエッジをコートの裏にしまい、今度はケイオスブラスターをコートの裏から取り出した。その様子を見たレイクとクレイは、余裕の表情を見せていた。

「それは、魔力を弾丸として放つ銃だよね?」
「そんな弾丸、この超硬質ブレードで切り払っちゃうよ」
「そうか…なら、切り払われなければいいだけだ」

すると、ナハトはケイオスブラスターに雷の魔力を収束させ始めた。普段ならば収束などさせず、そのまま弾丸として放っていたが、今回は収束、俗に言うチャージをしていた。その様子は今まで見せた事がなく、レイクとクレイはもちろん、トルトゥーガとシレーヌも驚きを見せていた。

「トルトゥーガ、シレーヌ、こいつは危険だから気を付けろよ!!」
「うん、分かった!」
「ちょっとちょっと、巻き添えは嫌よ?」

そう言うと、トルトゥーガは前面に魔導障壁を張り、シレーヌはそのバリアの裏側に隠れ、防御態勢を取っていた。当然、レイクとクレイもナハトの攻撃に当たらないようにする為、攻撃の射線上から逃げていたが、ナハトは2人に標準を向ける事なく、チャージを続行していた。

「この攻撃は、どこに逃げようと無駄だ」

そう言うと、ナハトは高くジャンプし、地面目掛けて収束した雷の弾丸を放った。地表に命中した雷の弾丸は激しくスパークし、広範囲に電撃を放って周りの倉庫やコンテナを破壊した。射線上から逃げていたレイクとクレイは吹き飛んだコンテナの破片などが命中し、かなりの痛手を負ってしまった。

「くっ…! 中々やるな、クレイ、ここは撤退するぞ」
「うん、分かったよ、兄さん」

レイクとクレイの2人は、ナハト達に背を向け、撤退した。ナハトが今回放った大技は、とてつもない威力を誇り、辺り一帯は瓦礫の山と化していた。

「…流石にやりすぎたかな?」
「大丈夫でしょう、ミソラさんに説明すれば分かってくれるはずよ」
「それより、あの2人強かったね」
「ああ…レノルド兄弟…奴らは危険だ」

ナハトの大技により、危機を脱したものの、まだレノルド兄弟との決着は付いていない。次に彼らと会う時が来れば、激戦になる事は確定である。

ケイオスブラスターの奥義、スパークブラストによってレノルド兄弟を撤退させたナハト達。本日の目的は達成した為、帰路に就こうとしたその時、ナハトは海上の方から何かの気配を感じて振り向いた。すると、そこには一隻の戦艦があった。

「あれは…! シュヴァルツゼーレの戦艦か!?」
「どうやらそうみたいね、実際、こっちを狙ってるし」
シレーヌさん、それって本当?」

その時、戦艦からは艦砲射撃が行われ、弾丸は埠頭の至る所に着弾し、大爆発を起こした。ナハト達は爆風で吹き飛ばされそうになったが、何とか耐えて吹き飛ばされないようにしていた。

「おいおいおい! こんなの聞いてないぞ!」

ナハト達が撤退しようとしている間にも、戦艦からは艦砲射撃が続けられており、埠頭は艦砲射撃によって火の海と化していた。ナハト達は急いで魔導バイクに乗ったが、辺り一帯は瓦礫の山になっており、どこに逃げればいいかまるで分からなくなっていた。

「えっと…俺らどこから来たっけ?」
「忘れないでよぉぉぉ!!」
「これだけ瓦礫の山と火の海になってたら分かんねえよ!!」

その時、炎の向こう側から大きな声が聞こえてきた。声の主はどうやら女性のようで、ナハト達を助けようとしているようであった。

「こっちよ! 私を信じてこっちに来て!!」

今は彼女の言葉を信じるしかないと感じたナハト達は、助走を付けて一気に炎の中に突っ込んだ。魔導バイクには車体全体を風魔力のバリアで覆う機能が付いており、炎の中に突っ込む際にそのバリアを全開にした事で、ナハト達は焼ける事なく、無事炎を突破する事ができたのである。ナハト達が炎を突破した事を確認すると、シュヴァルツゼーレの戦艦は攻撃をやめたのか、一切の艦砲射撃は行われなくなった。

「ふぅ…トルトゥーガ! シレーヌ! 無事か?」
「わ…私は大丈夫…」
「こっちも大丈夫よ」
「無事で何よりだわ」

そこに立っていたのは、1人の女性であった。薄紫のロングコートを着込んでおり、髪型はピンクのショート、瞳は深い海の様な青で、明るい表情の彼女は、とても優しそうであった。実際、見ず知らずのナハト達を助けた事から、困ってる人は見捨てられない性格なのだろう。

「おっと、自己紹介が遅れたね、私はエスカ、エスカ・レニー」
「俺はナハト、ナハト・ザラームだ」
「私はトルトゥーガ、トルトゥーガ・ネリンだよ」
「あたしはシレーヌシレーヌ・レーデよ」

エスカ、お前は何故俺達を助けてくれたんだ?」
「私はね、困ってる人は見捨てられない性格なんだ」

「しっかし、よくこんな危険な所うろついてたわねあなた」
「私、街の治安を守るのが好きだからたまにこう言う所歩くんだ」
「それで、俺達と出会ったと…」

その時、ナハトは感じた、自分の持つ強運に。もしこの強運がなければ、今回は危なかったかもしれないからだ。

「ところで、あなた達は何で戦艦から攻撃受けてたの?」
「あぁ…俺達はシュヴァルツゼーレと戦ってるからな」
「シュヴァルツゼーレねぇ…たった3人じゃ無理だよ、もっと仲間集めよう?」
「仲間か…そう言うお前は協力してくれるのか?」
「相手が街の治安を悪くする相手だったらね」

その時、ナハトは考えていた、自分の知っている人物の中で、協力してくれそうな人物の事を。考えに考えた末、思いついたのが以前に一度だけ出会ったココであった。ナハトはシレーヌにココのいそうな場所の情報を貰い、その日の夜ココがいると言われている場所で待つ事にした。

「…ここは以前俺がココと出会った場所か…本当にいるのか…?」

シレーヌから貰ったココのいそうな場所は、以前にナハトがココと出会った路地裏であった。あの時は本当にたまたま出会っただけであったので、今度も本当に会えるのか心配であったが、しばらくすると、ココはナハトの前に姿を現した。

「…また会ったわね、ナハト」
「ココか…まさか本当に会えるとはな」
「で、あたしに何か用?」

ナハトはココにシュヴァルツゼーレと共に戦ってくれないかと頼んだ。当然、シュヴァルツゼーレと戦うと言う事は当然命がけであり、悪人から金を盗んで生計を立てているココには何のメリットも無い。だが、ナハトは頼める相手がココぐらいしかいない為、ダメ元でココに頼んでいるのである。

「シュヴァルツゼーレと戦ってほしい…か…じゃあ一つ聞いていいかしら?」
「何だ?」
「私がシュヴァルツゼーレと戦って何かメリットはある?」

ココがシュヴァルツゼーレと戦って得るものは当然、何もない。ただ命をかけた戦いをすると言う、とても危険なものである。当然、そんな命がけの事を望んでする人間はいないであろう。ナハトはココの問いに対し、しばらく悩んだ末、答えを出した。

「世界平和に一歩近づく為の手伝いができる、と言った所か」
「世界平和…ねぇ…もしそれが実現すれば、私みたいな仕事をする人って、減るかな?」
「完全には減らないだろうが、少しは減るかもしれない」

その言葉を聞き、ココはしばらく考えた。今から出す答えには、自らの運命が関わってくるからだ。ココは考えた末、ナハトに答えを出した。

「…分かった、あたしも手伝ってあげる」
「いいのか? 危険だぞ」
「いいのいいの、どうせ今の仕事も危険なことに変わりはないしね」
「感謝するぞ、ココ」
「ったく、あんたもたった一回だけ会ったあたしに頼りに来るなんて、変わってるわね」
「すまない」

翌日、シュヴァルツゼーレと戦う為の同盟を作り上げたナハト達は、エスカが怪しいと睨む街外れの研究施設へと向かった。そこはエデンシティの中でも特に街外れの場所であり、辺りには木々が立ち並んでいるいかにも怪しい場所であった。エスカは前々からこの研究施設に何があるのか気になっており、ひょっとしたらシュヴァルツゼーレの施設かもしれないと言う事で、今回ナハト達と共に調査する事になったのである。

「なあエスカ、やけに静かだがここには人がいるのか?」
「分かんないから今から調査するんじゃん」
「とりあえず、入っていいかどうか聞くか」

ナハトは辺りを警戒しながら研究施設の入口へと向かった。しかし、入り口にはインターホンらしきものは見当たらず、仕方なくドアをノックしてみたが、反応はなかった。もしかしたら本当に無人の研究施設なのかもしれない。そう考えるとますます怪しさが増していった。

「なあ、エスカ、ここ誰もいないんじゃないか?」
「だったら入っちゃおうよ」
「ちょっとエスカさん! 駄目ですよそんなの! 犯罪になっちゃいますって!」
「いいからいいから」

トルトゥーガの注意も聞かず、エスカは研究施設のドアを開けた。意外な事にドアに鍵などはかかっておらず、ナハト達は先に入ったエスカの後を追って中に入った。研究施設の中はシュヴァルツゼーレの兵士が使用するアサルトライフルや拳銃、ナイフ等が置かれており、その他にはミサイルや自走砲なども置かれていた。この事から、ここがシュヴァルツゼーレの研究施設だと言う事が分かった。

「こんな所にシュヴァルツゼーレの研究施設があったなんて…情報屋の私でも知らない事があるものね」
「あら、情報屋って何でも知ってるわけじゃないのね」
「茶化さないでよココ、私だって全知全能じゃないわ」

その時、トルトゥーガがある事に気付いた。どうやら、地下に降りる為の階段があったようだ。

「ねえナハト、あそこから地下に降りれそうだよ」
「地下への階段か…怪しいな…」

ここに降りろと言わんばかりに存在する地下への階段。この先にある物が何なのか気になったナハト達は、恐る恐る階段を降りて行った。すると、そこには目を疑うほど恐ろしい光景があった。巨大な培養液の中に浸された生物、その生物は頭や体がワニであったが、尻尾はアナコンダの物であり、ワニの頭部には鋭いサイの角があった。そして、背中には巨大なカラスの羽が生えており、それはまさに、キメラと言うべき存在であった。

「な…何だこれは…!?」
「色んな生物が合成されてる…? 私が調査しようって言いだしたけど、気持ち悪いわね、この研究施設」
エスカ…お前、とんでもない所に俺達を連れてきてくれたようだぞ」

その時、物陰から1人の人物が姿を現した。その人物は白衣を着た老人であり、左目に黒の眼帯をしていた。だが、その表情はどこか狂気に満ちた表情であり、まさにマッドサイエンティストと言う言葉が似合っていた。

「ようこそ、我が研究所へ」
「おいジジイ、お前がこの生物を作ったのか?」
「いかにも、こいつはこのわし、Dr.バイオの最高傑作であり、シュヴァルツゼーレの誇る最強のキメラ兵器だ」
「生き物を兵器扱いだなんて…酷すぎます!!」

トルトゥーガはDr.バイオに対し、怒りをあらわにした。しかし、Dr.バイオはむしろ嬉しそうに笑っていた。まるで、自分が悪い事をしている自覚がないように。

「何とでも言え! わしは世界で一番の天才、Dr.バイオ様だからな!!」

すると、Dr.バイオは培養液の入ったカプセルのスイッチを押し、中に入っていたキメラ兵器を解放した。キメラ兵器は巨大な咆哮を上げ、よだれを垂らしながらナハト達を睨みつけていた。

「やれ! No.28よ!!」

No.28と呼ばれたキメラ兵器はナハト達に襲い掛かった。手始めに鋭い爪を振り下ろしたが、それほど動きは早くなく、ナハト達は攻撃を回避した。キメラ兵器が次の攻撃を仕掛ける前にエスカとココは剣で攻撃したが、キメラ兵器の胴体は頑丈な鱗で覆われており、剣が全く通らず、逆に弾かれてしまった。

「残念だったな! No.28の体にはアルマジロの遺伝子を配合している! No.28の鱗はアルマジロの殻並の強度なのだ!」
「何よそれ! じゃあ、あたし達に勝ち目無いじゃない!」

キメラ兵器の恐るべき強さに、シレーヌはどうすればいいか悩んでいたが、そんなシレーヌに対し、ナハトがある作戦を立てた。

シレーヌ! お前のニードルガンで奴の目を狙え!」
「目? 分かったわ!」

ナハトとシレーヌはそれぞれ銃を構え、その銃口をキメラ兵器の目に向けた。他の仲間達が注意を引き付けている間に、2人はキメラ兵器の目に向けて雷の銃弾とニードルを放った。それらの攻撃はキメラ兵器の目を潰し、キメラ兵器は視界を失い、暴れ始めた。

「馬鹿な! No.28の唯一の弱点に気付くとは!!」
「目はどの生物にとっても弱点だ、それに気づかなかったお前のミスさ」

視界を失って暴走したキメラ兵器は滅茶苦茶に暴れ回り、尻尾を振り回して周りを破壊し始めた。

「よせ! No.28! 落ち着…!!」

Dr.バイオはキメラ兵器の尻尾に当たって吹き飛ばされ、壁に体を強くぶつけて命を落としてしまった。生みの親を殺してもなお暴れるキメラ兵器を止める為、ナハトはケイオスブラスターに炎の魔力を込めた。

「そんなに暴れなくても今楽にしてやる…! 一瞬でな…!」

ナハトはキメラ兵器に向かって行き、キメラ兵器が口を開いた瞬間、チャージしていた炎の銃弾をキメラ兵器の口目掛けて放った。キメラ兵器の口目掛けて放たれた炎の銃弾は、一瞬にしてキメラ兵器の体内を焼き尽くした。体内を焼き尽くされたキメラ兵器は倒れ込み、激しく燃え上がった。

「…これが奴の最後だ」
「兵器として生まれ、兵器として死ぬなんて…悲しいね、ナハト…」
「そうだな…二度とこんな奴が生み出されないよう、俺達が戦うしかない」

シュヴァルツゼーレの研究施設でのキメラ兵器との戦い、望まれず生まれた命との戦いで、ナハト達は絶対にシュヴァルツゼーレを倒すと誓った。二度とキメラ兵器を生み出させない為に…。

ナハト達の活躍により、キメラ兵器は倒され、シュヴァルツゼーレの研究施設は防衛隊に奪取された。結果、シュヴァルツゼーレは革命の為なら生き物の命すら平気で弄ぶ事が明らかとなり、今回の非人道的な研究は世界を大いに震撼させた。この件をきっかけに、世界はシュヴァルツゼーレに対抗する為、僅かながらもエデンシティに支援をした。これにより、防衛隊の戦力はアップし、以前よりもシュヴァルツゼーレや悪人たちに立ち向かえるようになった。だが、この件をきっかけにシュヴァルツゼーレも危機感を抱いた事は確かであり、革命の為に非人道的な研究を続けていたDr.バイオは死亡、研究成果も全て防衛隊に奪われてしまった。世界の革命からまた一歩遠のいたシュヴァルツゼーレは、革命を起こすならまず先にナハトを潰そうと考えた。シュヴァルツゼーレのリーダーであるデロリアは、側近のノレッジを連れ、ナハトが宿泊する宿へと向かった。

「ノレッジ、ナハトはどこに泊っている?」
「はっ、偵察班によると、3階との事です」
「よし、そこに爆裂弾を撃ち込んでやれ」

ノレッジは拳銃の銃口に特殊弾頭の一つである爆裂弾を装着し、宿の3階に狙いを定めた。シュヴァルツゼーレ製の拳銃は様々な特殊弾頭が装着可能であり、睡眠弾や冷凍弾など、様々な特殊弾頭があるのだ。今回使用する爆裂弾は周囲に大爆発を起こす弾頭で、その破壊力はエクスプロージョンと同等である。そしてノレッジは射程圏内ならほぼ必中と言うレベルの銃の腕前を持っており、狙った獲物は逃さない。その腕前を買われ、デロリアの側近を務めているのだ。ノレッジが宿の3階に爆裂弾を撃ち込むと、宿の壁に着弾、そのまま大爆発を起こした。結果、壁には大きな穴が開き、室内にあったベッドなどの家具は爆風で焼け焦げていた。しかし、そこにナハト達の死体はなかった。

「デロリア様、ナハト達の姿が見当たりません」
「何!?」

その時、デロリアの後方から数人の人物が姿を現した。彼らこそがナハト一派であり、先ほどの爆発で死んだわけではなかったのである。

「ナハト…! 何故…!?」
「残念だったな、デロリア、お前の行動は防衛隊の監視カメラで把握済みだ」
「そうか…防衛隊から連絡が行き届いていたからあの部屋を抜け出していたと言う訳か」
「まあ、防衛隊も無能じゃないって訳だな、俺達は多分宿追い出されるが」
「なら、ナハト! お前はここで私が殺してやる!!」

そう言ってデロリアは高周波ブレードを別空間から取り出し、ナハトにその矛先を向けた。その決闘を承諾したナハトは、コートの裏からシャドウエッジを取り出し、矛先をデロリアに向け、彼女に一言告げた

「デロリア! 俺はもう過去の俺じゃない! 今度は俺が勝つ!」
「黙れ! 私にはやるべき事がある! 世界の革命と言う役目が! その為に、ここで引き下がるわけにはいかない!!」

デロリアは高周波ブレードをナハト目掛けて振り下ろした。ナハトはシャドウエッジでその攻撃を受け止めたが、デロリアは高周波ブレードに力を込め、無理やり押し込んだ。刃の長さで圧倒的に劣っているシャドウエッジはどんどん押し込まれ、ナハトは危機に陥っているのだが、ナハトは顔色一つ変えていなかった。

「デロリア、お前はまだこの世界を変えようとしているのか?」
「当たり前だ! あの日の事、忘れてはいるまい? あの様なクズが1人もいない世界、私はそんな世界を作る為なら、どんな犠牲もいとわない!!」
「クズが1人もいない世界か…それは最高だな…」

そう話している途中、ナハトは素早くもう片方の手でケイオスブラスターを取り出し、デロリア目掛けて闇の弾丸を放った。ナハトの行動にいち早く気付いたデロリアは素早く後退し、高周波ブレードで闇の弾丸を切り払った。デロリアは非常に焦った為、感情が表情に出ていたが、またもやナハトは表情一つ変えていなかった。そして、ナハトはデロリアに先ほどの話の続きをした。

「だが…俺は犠牲の上に成り立った革命なんて必要としていない!!」
「何を…! お前はまたあの時のように幸せを奪われたいのか? それでいいのか!?」
「もちろん良くないさ、だが、俺はお前みたいな過激なやり方で世界を変えるつもりはない!!」

そう言ってナハトは一瞬のうちにデロリアに近づき、1秒間の内に6回斬りつけた。その6回の斬撃は、逆三角形と三角形を足した様な形で、ヘキサグラムスラッシュと呼ばれている。デロリアはその攻撃を高周波ブレードで防御したが、先ほどの攻撃の威力に耐えられず、バラバラになってしまった。

「私の高周波ブレードが…!」
「デロリア! お前が革命の為に犠牲を増やすなら、俺はそれを全力で止めてやる!!」
「ナハト…! お前と私は分かり合えない関係になってしまったのか…!!」

デロリアはナハトに背を向け、ノレッジと共にその場を去って行った。その背中を、ナハトはじっと見つめ、ある事を考えていた。何故、恋人だったあの日から、3年でこうも変わってしまったのか、またあの日の様な関係の戻れないのかと…。

ある日の昼下がり、この日は珍しく何の事件も起こらない平和な日常を過ごしていた。ナハト達は前回の戦いで泊まっていた部屋を破壊され、宿主からカンカンに怒られたものの、防衛隊が事情を説明した為、追い出されずに済んだ。その日の午前中、特に情報を見つけられなかったナハト達は、たまにはゆっくり休もうと休憩していた。そんな中、トルトゥーガはナハトに対し、もう少し過去の話を聞いてみようと考えた。

「ねえ、ナハト」
「何だ?」
「ナハトの過去は前に聞いたけど、デロリアさんと別れた後、ナハトは何してたの?」
「あ~…あんまり面白くないけど、聞くか?」

ナハトのその言葉に、トルトゥーガ達は目をキラキラさせながら頷いた。彼女たちの期待を裏切る訳にはいかず、ナハトは過去の話を始めた。

デロリアと別れた後のナハトは、ほぼ廃人と言ってもいい状態であった。日中は部屋に籠りっきりであり、買い出し以外で外に出る事はほとんどなく、近所の人とは全く関わらずにいた。食事はカップ麺か冷凍食品ばかり、一日の行動は食べて寝る程度であった。ナハトに家族はおらず、父親も母親も幼い頃に事故で失っている。頼れる親戚なども全くいない為、ナハトは1人で少しずつ精神を病んで行った。

幸せな日々から一転して絶望の日々になった事でナハトは何度も自殺を考えた。だが、彼に死ぬ勇気はなく、何度も途中でやめた。これからこの絶望な日々が続くのかと考えたその時、ナハトは考えた。また昔のように旅に出れば少しは気が晴れるかもしれないと。そう考えたナハトはほんのわずかに残った金と旅に出る為に必要な道具や護身用の武器を持ち、再び世界を巡る旅に出た。

最初は乗り気ではなかったこの旅であったが、旅を続ける内に少しずつ精神を回復させていき、半年ほどすれば自殺を考えなくなるほどには精神が回復した。そんなある日、ナハトは自身の相棒となる武器と出会った。それはナハトがアインベルグ大陸と言う場所を旅した時の事、とある国の露店にケイオスブラスターとシャドウエッジが飾られているのを見かけた。ナハトはその2つの武器に魅かれた、これは恐らくナハトがこの武器に運命を感じたのであろう。ナハトは早速その露店の店主に値段を聞いたが、その店主はこれは売り物ではないと答えた。だが、その武器を諦められなかったナハトは、アインベルグ大陸に1ヶ月間滞在し、1ヶ月に渡ってその店主に交渉した。その結果、その店主はナハトの武器に対する愛に負け、ケイオスブラスターとシャドウエッジを譲ってくれた。その店主にとってケイオスブラスターとシャドウエッジは亡くなった友人の形見だったようだが、ナハトなら大切に使ってくれるだろうからと言う事でナハトにその2つの武器を譲ってくれたのである。翌日、ナハトがその露店に向かうと、店主の姿は見えなかったが、ナハトは店主から貰ったケイオスブラスターとシャドウエッジを使いこなし、数多くの死線をくぐり抜けてきたのである。

そんなある日、ナハトの運命が変わる出来事が起こる。デロリアがシュヴァルツゼーレを率い、世界の革命に乗り出したのである。手始めにナハトとデロリアの運命を狂わせた世界的な大富豪を抹殺したデロリアは、この世界に変革をもたらす為、世界各地でテロ行為を行った。だが、ナハトが狙う相手はデロリアただ1人であり、その出来事からナハトはデロリアを追って旅を続けた。その中で彼はトルトゥーガと出会い、シレーヌと出会い、エスカやココと出会ったのである。

「と、まあ、こんな感じかな」
「ナハト…大変だったんだね…」
「まあな、今はお前らがいるけど、あの時は相談できる相手が1人もいなかったしな」

すると、シレーヌがナハトの肩を叩き、ナハトに対して笑顔を見せた。

「ナハト、もし辛くなったら、あたしらを頼りなよ?」
「そうですよ、私達は仲間ですからね」
「あたし達だけじゃない、ミソラたち防衛隊の人もいる…」

シレーヌに続き、エスカとココもナハトに笑顔を見せた。彼女たちが笑顔を見せた事でナハトも笑顔を見せ、最後にトルトゥーガがナハトに一言語り掛けた。

「ナハトはもう1人じゃない、今は私達がいるって事を忘れないでね」
「ああ!」

一時は廃人になりかけていたナハトだったが、今はトルトゥーガを始めとした多くの仲間が付いている。ナハトは仲間達と共にシュヴァルツゼーレと戦うのである。一方、ナハトに敗北したデロリアはノレッジと共に基地に帰還した。デロリアは椅子に座り込み、これからの作戦を考えていた。ナハトは今まで以上に力を付けてきている、レノルド兄弟だけではなく、自身も撤退に追い込まれた。これからは並大抵の相手では死にに行くようなものだろう。そんな相手をどうやって倒せばいいのか、彼女は分からずにいた。

その時、デロリアは自分が何故戦っているのかを思い出していた。自分が戦っている理由、それは忘れもしないナハトと別れた日、あの日、世界的な大富豪に家を潰された事が全ての始まり、あの出来事なければ、2人はずっと幸せでいられたのかもしれない。自分がなぜ戦っているのかを忘れ始めていたデロリアは、戦うきっかけとなったナハトと別れた日の事を思い出した。

ナハトから別れを告げられたその日、デロリアは敷地内からの退去を求められ、1人遠く離れた実家へと帰って行った。まだ20歳になったばかりのデロリアには辛い出来事であり、実家への帰り道、何度も入水自殺を考えたほどであった。これからナハトと2人で歩むはずだった未来、それを全く関係のない赤の他人に奪われたのである。この出来事はまだ若い彼女にとっては辛い物であった。

長い距離を歩き、足が痛んだデロリアは、誰もいない実家のソファーに顔を埋め、1人、大きな声で泣きじゃくった。誰もいない部屋の中にその泣き声は響き渡り、彼女は時間を忘れ、何時間も泣いた。あれから何時間泣いたであろうか、深夜に実家に帰ってきたデロリアは泣き続け、気が付けば朝になっていた。ナハトと同じで幼い頃に事故で家族を失ったデロリアには、頼れる人物はおらず、仲のいい友人もいない。

「このまま死んでしまおうかな」

デロリアは誰もいない部屋で1人、そう呟いた。もう死んでしまおうとキッチンから包丁を取り出し、首にあてがった。このまま力を入れればすぐに死ぬことができる。だが、本当にそれでいいのか? 自身を不幸にしたのは他の人間やこの世界、だったらこの世界に復讐するべきではないのか? 精神的に限界を迎えていたデロリアにはもはやそんな考え方しかできず、デロリアは世界に復讐する事を誓った。

世界に復讐を誓ったデロリアはまず、武器屋で剣を買い、それを振って剣の練習をした。今まで武器を取った事のなかった彼女であるが、世界に復讐を誓った今、そんな事は言ってられない。毎日何回も剣を振り続け、剣の腕前は次第に上がって行った。

だが、デロリアは薄々感じてはいた。1人でできる事には限界がある、たった1人でこの世界に復讐する事などできない。1人がどんなに突出していても、集団で攻撃を受ければ負けてしまう。そうならない為には、仲間を増やすしかないと。

だが、デロリアに協力してくれそうな人はいない。友人もロクにいないデロリアには人脈も無い。だったら、今から作ればいいだけだと思ったデロリアは、1人、危険を顧みず犯罪組織の基地へと向かった。下手をすれば殺される危険な行為であるが、今のデロリアにとって命など不必要な物同然であった為、こう言った危険な行為ができたのである。

犯罪組織の基地に向かったデロリアは、悪人たちを言葉巧みに操り、自身への協力を誓ったのである。こうして、少しずつ犯罪者や不良を取り込んで行き、いつの間にかデロリアの仲間は組織と呼べるほどの人員を獲得したのである。その後、デロリアは組織名をシュヴァルツゼーレと命名し、復讐の為、運命を狂わせた大富豪のいる場所へと向かった。まず、大富豪の家を取り囲み、一斉に大富豪の家に突入した。そして、そこにいた使用人や大富豪の家族を皆殺しにし、デロリアは運命を狂わせた大富豪の下に降り立った。

「た…助けてくれっ! お願いだっ!!」
「クックック…死ねッ! 死ねぇぇぇッ!!」

デロリアは狂ったような表情で大富豪の首を刎ねた。その後、デロリアは大富豪の死体を元が分からなくなるほど切り刻んだ。彼女が正気に戻った時には、彼女の体は返り血で真っ赤に染まっており、それを見た彼女の部下はデロリアに恐れをなしたようだ。これにより、復讐を達成したデロリアであるが、今の彼女にとってこの程度ではまだ飽き足らず、デロリアはシュヴァルツゼーレを率い、世界に革命を起こそうとしたのである。そう考えたデロリアは部下をエデンシティに集め、ここで密かに活動して兵力を増強しようと考えたのである。だが、彼女の前にはかつての恋人であるナハトが立ち塞がり、作戦はことごとく失敗、仲間も次々と失ってしまった。だが、デロリアはまだ諦めていない、自身の日常を奪った堕落に満ちた今の世界を変え、愚かな人間を全て抹殺した正しい人間の集まった世界を作る為、デロリアはこれからも戦い続けるのだ。

ナハトとデロリア、この2人は同じコインの表と裏の様な存在である。一度は共に歩めるはずだった2人、しかし、今は敵同士となっている。この2人が分かり合える日はいつ訪れるのか? 分かり合うことが出来ない2人はこれからも戦い続ける事になるのである。

日中は賑わっているエデンシティも、夜は静まり返っている。真夜中のエデンシティの風は冷たく、散歩には不向きな気温であるが、真夜中の散歩が日課のナハトにとってはそんな事は全く関係ないのである。トルトゥーガ達が寝静まった頃、ナハトは部屋を抜け出し、夜の街に出た。そこはナハトにとって楽園であり、人はほぼおらず、静かな世界が広がっていた。エデンシティの夜は少し治安が悪いものの、ナハトにかかればその辺の悪人など一捻りであり、誰もナハトには近寄ってこないのである。この為、ナハトは夜のエデンシティを満喫していた。しかし、その平穏も長くは続かなかった夜の街に突然、爆発音が響いたのである。

「爆発音!? シュヴァルツゼーレか?」

その爆発音はナハトのいる場所から近く、爆発音がした後は戦闘音が聞こえてきた。もしかすると、防衛隊がシュヴァルツゼーレと戦っているのかもしれない。そう思ったナハトは、その戦闘音の方へと向かった。

一方、戦闘音の方では、ミソラ率いる防衛隊とシュヴァルツゼーレのレノルド兄弟が交戦していた。レノルド兄弟は剣や銃を装備した隊員たちをたった2人で壊滅状態に追いやり、残ったミソラを2人がかりで攻撃していた。2人がかりで攻撃を受けていたミソラはズタボロで、体の至る所から血が流れていた。だが、ミソラはエデンシティの平和を守る為、痛む体に鞭打って立ち上がろうとしていた。そんな中、戦闘音を聞きつけてやって来たナハトが現れた。

「ミソラ! 大丈夫か?」
「ナハト…来てくれたみたいね…」
「兄さん、始末する人間が増えたよ」
「そうだな、クレイ、なら、さっさと始末するか」

レノルド兄弟は2人同時にナハトに攻撃を仕掛けた。ナハトはケイオスブラスターから雷の弾丸を放ったが、2人は超硬質ブレードで全て切り払い、無力化した。そうこうしている内にレノルド兄弟がナハトに接近、ナハトはケイオスブラスターをしまってシャドウエッジを取り出し、レノルド兄弟に応戦した。しかし、シャドウエッジは短刀、レノルド兄弟の装備する超硬質ブレードは長刀である、長い刀身の武器に対し、短い刀身の武器はあまりに相性が悪い。おまけに相手は2人いる、ナハトはたった1人で2人を相手しなくてはならない。レノルド兄弟の連携の取れた連続攻撃を前に、ナハトは防戦一方、体には傷が増えて行った。

「兄さん! 今回は僕達の勝ちだね!」
「そうだな、クレイ! 一気に決めるぞ!」

レノルド兄弟は一旦ナハトから離れると、X字を描くように真空波を飛ばした。レノルド兄弟の特技、クロスカッターである。この程度の攻撃は普段のナハトなら回避できるが、痛手を負ったナハトには回避が間に合わなかった。ナハトはとっさにシャドウエッジで防御したものの、シャドウエッジを弾き飛ばされ、ナハトは武器を失ってしまった。すると、レノルド兄弟は弱った獲物を狙うライオンのようにナハトに攻撃を仕掛けようと足を走らせた。その時、レノルド兄弟の前に現れた1人の人物の真空波により、レノルド兄弟は吹き飛ばされてしまった。

「トルトゥーガ…来てくれたのか…」
「ナハトが危険って感じたの、だから飛んできたよ」

ナハトの危機を救った人物はトルトゥーガだった。トルトゥーガは戦闘音で目を覚ました際、寝室にナハトがいない事に気が付いた。もしかすると危ない事をしているのではないかと感じたトルトゥーガは、慌ててこの場所へと飛んできたのである。

「ナハト…私はナハトを死なせたくない…だから、私はナハトを守る!!」
「兄さん、あいつ、たった1人で挑む気だよ」
「なら、無謀だと言う事を教えてやらなければな」

「ナハト…ケイオスブラスターを撃つ事はできる?」
「ああ、かろうじてな」
「なら、トドメは任せたよ!!」

トルトゥーガは自身の周辺に1つずつ竜巻を発生させた。レノルド兄弟は攻撃を仕掛けてくると感じ、散開したが、トルトゥーガの狙いは攻撃ではなく、一か所に集める事だった・

「行くよ! スパイラルストーム!!」

トルトゥーガはレノルド兄弟に対し、竜巻を放った。放たれた2つの竜巻はレノルド兄弟を巻き込み、一か所に集めてその動きを封じた。

「兄さん…! 動けないよ…!!」
「まさかあの女はこれを狙って…!?」

激しい突風がレノルド兄弟の動きを封じている間に、ナハトはケイオスブラスターに雷の魔力を収束させた。そして、完全に収束が完了すると、ケイオスブラスターの銃口をレノルド兄弟に向けた。

「こいつで終わりだ! ライトニングアロー!!」

ケイオスブラスターから放たれた雷の弾丸は矢のように鋭く、この一撃は竜巻によって勢いが低下する事なく、レノルド兄弟の体を2人まとめて貫いた。そして、貫かれたレノルド兄弟を激しい電流が襲った。

「うわあああ! 兄さぁぁぁん!!」
「安心しろ…クレイ…これで…デロリア様に与えられた任務は完了する…」

レノルド兄弟の兄であるレイクがそう呟いた後、2人は自分の胸に手を当てた。すると、レノルド兄弟の体が輝き、次の瞬間、2人は大爆発を起こし、激しい光が放たれた。その光はエデンシティ全体を明るく照らし、一瞬だけではあったものの、辺りは朝のように明るくなった。そして、その光が収まった時、そこにいたのはミソラとレノルド兄弟に殺された隊員の死体だけであった。つまり、ナハトとトルトゥーガの姿がなかったのである。

「ナハト…トルトゥーガ…一体どこへ行ったというの…?」

レノルド兄弟に勝利したも束の間、ナハトとトルトゥーガの姿が忽然と消えてしまった。レノルド兄弟が死に際に放った光に飲み込まれたナハトとトルトゥーガは、気が付くと密林の中に倒れていた。2人は辺りを見回し、ここがエデンシティじゃない事を確認し、困惑しつつも、これからどうするか作戦会議を始めた。

「今の状況を整理すると、俺達はあの兄弟の死に際に放った光に飲み込まれ、ここにいると言う訳か…」
「ナハト、あの光だけどね、多分あれは私達をここに転移させる為の魔力の光だよ」
「つまり、転移魔法の魔力を閉じ込めた小型爆弾でも装備していたと言う訳か?」
「多分ね、後、落ち着いて聞いて、ここは私達のいた世界じゃない、異界だよ」

ナハトはその言葉を聞いて驚いた。かつて魔法が活発に使われていた旧時代では、異界に行って戻って来た人物が多数いたようで、ナハトも子供の頃に彼らの物語を聞かされたものだ。だが、科学が発達した現代においてそのような事例は少なく、ましてや異界など物語の中の夢物語だとばかり思っていた。しかし、異界は確かに自分達の目の前にあり、ナハトは見た事のないその世界を見回していた。それと同時に、ナハトはどうやって元の世界に帰るか考えていた。この世界にいる事は非常に興味深いが、ナハトはデロリアとの決着を付けなくてはならない。そう考えると、うかうかはしていられなかった。

「デロリアめ…俺達を恐れてこんな姑息な手を使ったのか…」
「あの兄弟が勝っても負けても、デロリアの得する方に傾くと言う訳ね…」

一方、ナハトとトルトゥーガがいなくなったエデンシティでは、ミソラやシレーヌ達が必死にナハト達を捜索していた。だが、これと言った情報は得られず、ただやみくもに時間を消費するだけであった。あまりに見つからない為、エスカはミソラに当時の状況を聞いた。

「ねえ、ミソラさん、ナハト達が消えた時はどんな感じだったの?」
「えっとね、ナハトが敵の2人組にトドメを刺した瞬間、2人組が爆散して、その際に眩い光が発生したの」
「で、その光が収まった瞬間、2人は忽然と姿を消したわけね…シレーヌ、何か情報見つかった?」
「あわてないでよ、エスカ、今調べてるわ」

シレーヌは携帯端末を使い、ミソラの証言と一致する現象を検索していた。3分ほどするとシレーヌは検索結果をミソラ達に見せた。

「ミソラさん、これじゃないかしら?」
「小型転移爆弾?」
「そう、転移魔法の魔力を閉じ込めた小型爆弾で、装着者が少量の魔力を送る事で起爆する小型爆弾よ、そして、その爆風から発せられた光を浴びると異界に転移させられるの」
「って事は、その相手の2人は自分達の命と引き換えにナハト達を異界に送ったって事?」
「そう言う事になるわね、まったく、厄介な物を引っ張り出してきちゃって…」

シレーヌの情報によって転移の原因は解明された、だが、やはり気になるのはナハト達がどうやってこの世界に戻ってくるかだ。それが気になったココは、情報屋のシレーヌに問いかけた。

「ねえ、情報屋のシレーヌさん、ナハト達はどうやったらこの世界に帰ってこれるの?」
「それが少し厄介で、転移させられた人物が自力でこの世界へ戻ってくるゲートを見つけないといけないらしいわ」
「つまり、それを見つけられなかったら…?」
「一生異界を彷徨う事になるわね…」

その言葉を聞いたココやエスカ、ミソラは不安な気持ちになった。もしナハト達が帰ってこなかったら、シュヴァルツゼーレとは自分達だけで戦わなければならない。そうなった場合、勝てるのだろうかと考えると、不安が増大した。その時、街の至る所で銃撃音や爆発音が響いた。状況から考えて、シュヴァルツゼーレの仕業だろう。ミソラ達は今、不安ではあったものの、エデンシティの市民を守る為、武器を取った。

その頃、ナハトとトルトゥーガは、異界の密林の草木を掻き分け、トルトゥーガの情報を頼りに出口を探していた。しかし、そんな物は一向に見つからず、あるものは辺り一面に広がる密林のみであった。

「トルトゥーガよ…出口はどこだ…?」
「ごめんね、ナハト、私も異界に来るの初めてだから分からないんだ」
「だろうな…」

その時、ナハト達の前から草木を掻き分ける音が聞こえてきた。ナハト達は敵かもしれないと身構えた。次の瞬間、密林から現れたのは巨大なゴリラであった。しかし、普通のゴリラと違って体色は青く、地球にはいない種族であった為、異界にしかいないゴリラ、異界ゴリラと言った所だろう。

「こいつ…!」
「待って! ここは私が相手するよ」

トルトゥーガは自身の両脇に1つずつ竜巻を発生させ、異界ゴリラ対し、竜巻を放って巻き込み、そのまま竜巻の中で異界ゴリラを高速回転させた。すると、異界ゴリラは高速回転で目を回し、地面にあおむけに倒れ、完全にのびてしまった。ナハトとトルトゥーガはその間にその場を立ち去った。

「トルトゥーガ、お前やるな」
「えへへ、凄いでしょ」

その時、ナハトとトルトゥーガのいた足場が崩れた。どうやら地盤が緩い場所だったようで、2人の体重によって完全に崩れてしまったらしい。急な出来事に2人は対応できず、そのまま真下へと転落してしまった。転落した2人は何とか一命を取り留めたものの、腕や足に酷い怪我を負ってしまい、歩く事はできるが、走る事は出来なくなってしまった。

「痛ってぇ…トルトゥーガ、無事か?」
「うん、大丈夫、ナハトは?」
「俺も大丈夫だ、だが、この怪我…参ったな…」

ナハトとトルトゥーガが危機に陥っていたその頃、エデンシティ全土ではシュヴァルツゼーレの総攻撃が起きていた。街では逃げ惑う人々や、混乱に乗じて悪事を働く悪人など、まさにパニック状態となっていた。そんな中、シュヴァルツゼーレのリーダーであるデロリアは、エデンシティ全土に放送を行った。

「愚かなエデンシティの人々に告げる、エデンシティは我々シュヴァルツゼーレが包囲した、生き延びたければ、我々シュヴァルツゼーレに協力し、逆らう者を始末しろ」
「ねえ、ミソラさん、これって大変な状況だよね?」
「そうね、エスカちゃん、デロリアの目的は、自分達に歯向かう者たちの抹殺よ」

デロリアは世界を変える為、遂に大規模な作戦を決行した。ナハトもトルトゥーガもいない今、戦えるのはミソラ達だけである。

一方、崖崩れに合い、崖下に転落したナハトとトルトゥーガは、一命を取り留めたものの、腕や足に酷い怪我を負った。何とか歩く事はできるものの、走る事はできず、こんな状態で異界の生物に襲われたら終わりである。更に、ナハトとトルトゥーガが落ちた先は周りが岩に囲まれており、脱出するには200mはあると思われる崖の上に戻らなければならない。

「参ったな…ケイオスブラスターに風魔法を収束させて撃ち出しても戻れないぞ…」
「だったら私に任せてよ、ナハト」

トルトゥーガは背中に翼を生やした。だが、その翼はいつもと違って傷だらけであり、傷口からは血が滴っていた。

「トルトゥーガ…その翼…」
「私の翼は生やした時の体の状態と連動しているの」
「じゃあ、今のお前が傷だらけだから…」
「大丈夫、安心して、これぐらい、どうって事ないよ」

トルトゥーガはナハトを掴んで翼を羽ばたかせた。いつもと違い、少しずつの上昇であり、今のトルトゥーガの体の状態がいかに酷いかが分かった。トルトゥーガが翼を羽ばたかせるたびに血が滴り落ち、背中側からはトルトゥーガの苦しむ声が聞こえてきた。

「トルトゥーガ! もういい! 無理するな!!」
「駄目ッ! 一緒に元の世界に帰るのッ!!」
「お前…辛いはずなのに…何でそんなに人の為に頑張れるんだ…?」
「何で…だろうね…私にも分かんないや…もしかしたら…ナハトの事が好きなのかもね…」
「俺の事が…好き…?」

ナハトは思った、今まで自分の事を好きと言ってくれた人物は自分の親かかつての恋人であるデロリアぐらいであった。トルトゥーガは今、自分の事を好きと言ってくれた、その為だけに無理をして痛む翼を羽ばたかせてくれている。ナハトはこの時思った、彼女を助けたいと、助けて、生きて2人で元の世界に戻りたいと、彼女の事を守りたいと。

「トルトゥーガ、しばらく我慢して飛んでくれるか?」
「うん!」

ナハトはコートの裏からケイオスブラスターを取り出し、風の魔力を限界ギリギリまで収束させた。そして、下方向向けて収束した風の魔力を撃ち出した。2人はケイオスブラスターから撃ち出された風の風圧で、一気に崖の上に上昇し、無事地上に帰還した。これはナハト1人でできなかった事だトルトゥーガが無理をして100mほど上昇してくれた為、残りの100mを一気に上昇する事ができたのである。

「無事か? トルトゥーガ」
「うん…大丈夫だよ」
「そうか…それはよかった…」
「ナハトも無事みたいでなによりだよ」

トルトゥーガは安心したのか、ナハトが無事で嬉しかったのか、目から涙を流しており、ナハトは指で涙をぬぐってあげた。すると、トルトゥーガはナハトに笑顔を見せ、それを見たナハトも自然と笑顔を見せていた。その時、後方の密林の中から物音がした。

「何だ?」

密林の中から現れたのは、異界ゴリラであった。少しふらふらとしていた為、先ほどの異界ゴリラだと思われる。ナハトはケイオスブラスターを構えたが、トルトゥーガはナハトを制止した。異界ゴリラの様子がおかしく、戦う様子がなかった為である。

「こいつ、俺達を攻撃してこないのか?」

すると、異界ゴリラはナハト達に背中を向け、しゃがんだ。どうやら、背中に乗れと言っているようである。ナハト達はその行動を理解し、背中に乗った。すると、異界ゴリラは高くジャンプし、密林を次から次へと移動して行った。しばらくすると異界ゴリラは止まり、ナハトとトルトゥーガを背中から降ろさせた。その止まった先には、元の世界に帰る為のゲートがあった。ゲートは水色の渦巻きの様な見た目であり、ガラスに描かれた絵のように空間に浮いていた。

「これで元の世界へ帰れるみたいだな」
「ありがとう、異界ゴリラさん!」

すると、異界ゴリラは体毛の中から青色のバナナを取り出し、ナハトとトルトゥーガに手渡した。

「これ、くれるのか?」
「ありがとう! いただくね」

ナハトとトルトゥーガは異界のバナナの皮をむき、そのまま食べた。皮の中身は水色であり、あまり美味しそうに見えなかったが、味は元の世界にあるバナナより甘く、スイーツの様な味であった。2人が異界バナナを美味しそうに食べていると、見る見るうちに体中の傷が治癒されていった。

「ナハト、体中の怪我が治って行ってるよ」
「このバナナ…治癒効果があったのか…」

異界ゴリラから貰った異界バナナを食べた事により、体中の傷が無くなって走る事ができるようになった2人は、万全の状態で元の世界へ帰る事ができるようになった。

「異界ゴリラ、お前には世話になったな、またいつかここに来る時が来たら、その時はよろしくな」
「またね! 異界ゴリラさん!」

2人は異界ゴリラに手を振り、別れを告げた。異界ゴリラは寂しそうな様子ではあったが、手を振り返してくれた。そして、2人はゲートに飛び込み、元の世界へと帰って行った。

ナハトとトルトゥーガのいないエデンシティで、シュヴァルツゼーレはやりたい放題やっていた。人々を殺害し、街に火を付け、破壊の限りを尽くした。ミソラ達は必死にシュヴァルツゼーレを止めたものの、圧倒的な兵力の差を前に次第に追い詰められていった。

「くっ…! こんな時、ナハトがいてくれば…!」

そうミソラが願った次の瞬間、ミソラ達の前で眩い光が発生した。そして、光が収まった次の瞬間、ミソラ達の前にナハトとトルトゥーガが現れた。2人は遂に、元の世界に帰ってきたのである。

「おっ、やっと帰ってこれたみたいだな」
「そうだね、でもこの状況…」

現在の状況は、ミソラ達とシュヴァルツゼーレ兵が対峙しており、ナハトとトルトゥーガはその真ん中に立っていたのである。すると、シレーヌはナハト達に対してある事を頼んだ。

「ナハト! トルトゥーガ! そいつらを倒して!」
「ああ、分かった」
「後は私達に任せて!」

ナハトはコートの裏からケイオスブラスターを取り出し、ケイオスブラスターに炎の魔力を収束させた。その後、銃口をシュヴァルツゼーレ兵に向け、収束させた炎の弾丸、フレイムバレットを撃ち出した。ケイオスブラスターから撃ち出されたフレイムバレットはシュヴァルツゼーレ兵のいる手前の地面に着弾し、大爆発を起こした。爆炎は収束させた炎の魔力であり、温度は高く、灼熱の炎がシュヴァルツゼーレ兵の体を焼いた。

続けて、トルトゥーガは自身の周辺に1つずつ竜巻を発生させ、その竜巻をシュヴァルツゼーレ兵目掛けて放った。放たれた2つの竜巻は兵士達を巻き込んだ後、竜巻は消滅し、次の瞬間、シュヴァルツゼーレ兵は地面に叩き付けられ、倒された。こうして、あっという間にシュヴァルツゼーレ兵は壊滅したのである。

「ま、こんなもんだろう」

ミソラ達はナハトとトルトゥーガの強さに驚いており、もはやこの2人がいればエデンシティの治安は守れそうな気がしていた。しかし、そんなナハト達に迫る影がいた、デロリアの側近の女性、ノレッジである。

「全く、使い物にならない兵士共ですね…」
「お前は…デロリアの側近の女か…お前まで駆り出されるとは、大変そうだな」
「勘違いなさらないでください、私はこう見えて、射程圏内なら百発百中なんですよ」

そう言ってノレッジはナハトに拳銃を向けた。ノレッジの使う拳銃は精密射撃が可能なようにカスタマイズされており、射程圏内なら百発百中のノレッジにふさわしい拳銃なのである。その為、ノレッジ以外はその性能を十分に発揮する事ができない。

「さて…よく頑張ったようですが、ここまでですね、さようなら」

そう言ってノレッジはナハト目掛けて拳銃を撃った。だが、ナハトはケイオスブラスターから炎の弾丸を速射し、ノレッジの放った銃弾を迎撃した。

「何っ!?」
「どうした? 射程圏内なら百発百中じゃなかったのか?」

ノレッジはさっきの迎撃はまぐれだと感じ、2発、3発と拳銃を撃ったものの、ナハトによって全弾迎撃されてしまった。いつも冷静なノレッジもこの状況は予想できなかったらしく、冷静さを失い、パニック状態となっていた。

「馬鹿な! 私の銃弾に対応できた人間など、デロリア様以外はいない! それが何故こんな男などに!!」
「いい事を教えてやるよ、ノレッジ、デロリアを倒せる人間はこの世に俺しかいない、だからお前は俺に押されているのさ」
「くっ! 黙れ! デロリア様を侮辱するな!!」

ノレッジは諦めず、ナハトに銃弾を撃ったものの、先ほどと同じ様に迎撃され、無力化されてしまった。ノレッジは尚も銃弾を撃とうとしたが、弾切れを起こしてしまい、それを見たナハトはケイオスブラスターに雷の魔力を収束させた。

「ノレッジ、もう一ついい事を教えてやる、お前の銃の腕前は、とうに俺に負けている、だから俺に迎撃されたのさ」
「そんな…馬鹿な…! なら私は…何の為にデロリア様の側近に…!!」

ノレッジが喋り終わる前にナハトはケイオスブラスターのトリガーを引き、収束させた雷の矢、ライトニングアローを放った。ライトニングアローの鋭い刃はノレッジの胸を一瞬にして貫通した。胸を貫かれたノレッジは地面に仰向けに倒れ、命を落とした。

「せめて来世はいい人生送るんだな、誰かに囚われる事のない、いい人生を」

ナハト達の活躍により、エデンシティで暴動を起こしたシュヴァルツゼーレ兵は倒された。デロリアの側近であるノレッジも死に、シュヴァルツゼーレは少しずつ勢いを失い始めている。しかし、まだ全ての戦いが終わったわけではない。シュヴァルツゼーレのリーダーであるデロリアを倒すまで、ナハト達の戦いは終わらないのである。

異界から元の世界に帰還し、シュヴァルツゼーレとの戦いを終えたナハト達は、一時の平和を手にし、夜の街を歩いていた。街中はシュヴァルツゼーレの息のかかった者たちが暴れた事で多くの死者が出たほか、街も破壊され、そこに以前のようなエデンシティの姿はなかった。ナハト達の泊まっていた宿ももれなく破壊されており、泊まる場所を失ったナハトは困り果てていた。

「あいつら…俺の泊まる宿を破壊しやがって…」
「多分、シュヴァルツゼーレはあなた達がここに泊っている事を知っていたから真っ先に潰したんでしょうね」

ミソラのその言葉に、ナハトは罪悪感を覚えた。自分達がここに泊っていたと言うだけでここは攻撃を受けた。ここに泊っていた何の罪もない人たちも恐らく大勢殺されたはずだ。そう考えると、ナハトは言葉が出なかった。

「あ、別にあなた達を責めてる訳じゃないのよ、あなた達が戦ってくれなかったらもっと大勢死んでたと思うわ」
「でも…俺達のせいでここに泊っていた人達は…」
「あなた達は悪くないわ、悪いのはシュヴァルツゼーレよ、それに、シュヴァルツゼーレがいる限り犠牲は増えるものよ」

そう言ってミソラはナハトの肩をポンと叩いた。その言葉を聞き、ナハト達の気は少し楽になった。

「ところであなた達、泊る所がないなら防衛隊の本部に来てもいいのよ」
「いいのか? ミソラ」
「ええ、あなた達には既に返しきれない程の恩があるからね」

ナハト達はミソラに連れられ、防衛隊の本部に向かった。防衛隊の本部は警察署の様な作りの建物であり、これは防衛隊が元々は警察から派生した組織な為である。ナハト達が中に入ると、受付以外はほぼ誰もいなかった。これは大半がシュヴァルツゼーレとの戦いで殉職したり、夜間のエデンシティの警備に回されている為である。

「向こうに寝室があるから、自由に使っていいわよ」
「色々とありがとう、ミソラ」

その後、ミソラは夜間の警備があると言って外出した。それを見たナハトは連戦で疲れているのに立派だと思った。ミソラを見送ったナハト達は、寝室へと向かった。その道中、シレーヌがある提案をした。

「私はエスカとココの2人と一緒に寝るから、ナハトはトルトゥーガと寝てね」
「はぁ!? ちょっと待て! トルトゥーガは女だぞ!?」
「え? 2人で生活してた時も一緒に寝てたんじゃないの?」
「アホ! 流石に別室だ!!」

ナハトはシレーヌに対してキレのある突っ込みを入れた。だが、エスカとココも悪乗りし、ナハトをからかった。

「いや~、でも異界で2人っきりで過ごしたナハトとトルトゥーガを一緒にしない訳にはいかないよ~」
「そうそう、だからナハトはトルトゥーガと一緒に寝てあげる、いいわよね?」
「…分かったよ」
「じゃあ、それで決まりね! それじゃ、おやすみ!」

そう言ってシレーヌ達は寝室の方に向かって行った。残されたナハトとトルトゥーガは仕方なくもう一つの寝室へと向かった。寝室は綺麗に整えられており、まるでホテルのようであった。ベッドはふわふわとしており、寝心地も良く、疲れがよく取れそうであった。ナハトのいる寝室のベッドは一つしかなかったが、大きめのベッドであり、2人で寝る事も出来そうであった。

「さて、着替えるか」
「うん…ナハト、こっち見ないでね」
「分かってるよ」

ナハトとトルトゥーガは互いに後ろを向き、別空間から取り出したパジャマに着替えた。

「さて寝…って…!!」

ナハトはトルトゥーガの服装を見て目を丸くした。何と、トルトゥーガの服装はYシャツ一枚であった。流石に下半身に下着は履いていたが、上半身に下着は付けておらず、何とも無防備な恰好であった。

「お前…いつもそんな恰好で寝てたのか…?」
「うん…これが寝やすいからね」
「…今更着替えろとは言えないよな…」

ナハトはしぶしぶベッドに入り、トルトゥーガに背中を向けて寝ていたが、初めて2人で同じベッドで寝ると言う事もあり、中々寝付けなかった。しばらくすると、トルトゥーガは後ろからナハトに抱き着いてきた。ナハトはその瞬間、心臓がバクバクと鳴りだし、ドキドキして寝る事ができなかった。

「トルトゥーガ…寝れないんだが…」
「ナハトも? 実は私もなんだ、ドキドキして寝れないの」
「…それは俺もだ、こんな事、デロリアと一緒に過ごしていた時以来だな」
「それって、私の事が好きって事だよね?」

トルトゥーガのその言葉に、ナハトはしばらく口を閉ざした。自分はいつの間にかトルトゥーガに恋をしていたのだろうか。当初はただただ鬱陶しい存在だったこの光精霊に、いつ恋をしていたのだろう。

「私、ナハトの事が好きなの、その事に、異界で初めて気づいたの、ナハトはどうなの?」
「…俺も…自分では自覚がないけど、お前の事が好きなんだと思う…この胸の高鳴りは多分そう言う事だと思う…」
「ナハト…キス…して…私…あなたになら…されても…いい…」

トルトゥーガのその言葉を聞き、ナハトは彼女の方を向いた。普段はまじまじと見る事のないトルトゥーガの顔は、いつもより何倍も可愛らしく見えた。ナハトはトルトゥーガの体に腕を回し、顔をトルトゥーガに少しずつ近づけ、唇同士を触れさせた。2人は口づけをしたまま、固まったようにじっとしていた。しばらくして2人は唇同士を放し、お互いの顔をまじまじと見ていた。

「ナハト…奪っちゃったね、私のファーストキス…」
「いいだろ、これで俺とお前は恋人同士なんだから」
「…うん、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく頼む」

シュヴァルツゼーレとの戦いや今までの生活の中で知らず知らずのうちに惹かれ合った2人、2人は遂に結ばれ、恋人同士となった。だが、シュヴァルツゼーレとの戦いはまだ終わらない、2人に真の幸せが訪れるのは、いつのなるのだろうか。恋人同士となり、一夜を共に過ごしたナハトとトルトゥーガ、2人は夜明け前に自然と目を覚ました。

「ふふっ、おはよう、ナハト」
「おはよう、まだ夜明け前だな」
「そうだね」

現在の時刻は午前4時23分であり、寝室の窓から外を覗くとまだ外は暗かった。昨夜はミソラ達防衛隊が頑張ったおかげか、特に戦闘音は聞こえず、静かに休む事ができた。だが、デロリアがいる以上、まだシュヴァルツゼーレとの戦いは終わっていない。そう考えると、まだ安心する事はできなかった。

「シュヴァルツゼーレとの戦い、いつまで続くんだろうね」
「さあな、だが、少しずつ終わりに近づいている事だけは確かだ」

思えばシュヴァルツゼーレの構成員と初めて戦ったのはトルトゥーガと出会ったあの日からだった。そんな事をふと考えたナハトはある疑問を述べた。

「なあ、トルトゥーガ、お前は何であの日あそこに現れたんだ?」
「ん? 気になる?」
「ああ、いつ死ぬかもしれない状況だ、そうなる前に聞いておきたいんだ」
「分かった、教えるよ」

トルトゥーガは生まれも育ちも天上界の育ちであり、幼い頃から厳しい教育を受けて育ってきた。トルトゥーガと言う名前は亀のように長く生きて欲しいと父親が付けた名前であり、トルトゥーガ自身はあまり気に入ってない。天上界自体も規律が厳しく、清らかであれ、文武両道であれと言う名目の上で活動しており、少しでも規律を破った者は追放される。トルトゥーガはそんな天上界の事が大嫌いであり、それがますます外の世界への興味を沸かせた。だが、天上界は外界との関わる事を嫌っており、父親や母親もトルトゥーガが外界へ出る事を反対していた。こっそり脱走してやろうかとも思ったが、天上界はむやみやたらに外界へ出る事が難しく、24時間監視の目が光っているのである。

もはや外に出るには天上界の規律を破るしかない。そう考えたトルトゥーガは、わざと店の商品を盗んだのである。天上界には警察などはなく、基本悪い事をした者は追放される為、外界に出たい者はほぼ全員この行動をする事が当たり前なのである。その後、トルトゥーガは天上界の役人に捕まり、精霊王によって天上界の追放を言い渡された。だが、それはトルトゥーガにとっては嬉しい事で、これで大嫌いな天上界からおさらばできると思うと、最高に気分が良く、思わず鼻歌を歌ってしまうほどであった。当然、厳しい教育をしてきた父親と母親は激怒し、トルトゥーガを怒鳴りつけたものの、今となってはもうどうでもいい事であり、トルトゥーガは天上界を後にし、外界へと出た。

トルトゥーガが外界に出た時は深夜であり、行く当てもなくただ地上界の光を頼りに地上へ降りた。その降りた先は小さな公園であり、導かれるように降り立ったトルトゥーガは、そこで1人の男性と出会った。その男性こそが、ナハトであり、今思えばこの出会いは運命の出会いだったのかもしれない。その後、トルトゥーガとナハトは様々な戦いを経て今は恋人同士となっているのだ。当初はあまり相性の良くなかった2人だが、今はこうして仲間達と共にシュヴァルツゼーレと戦っている。そう考えると、これは運命なのかもしれない。

「お前は自分の意思でこの世界にやって来たんだな」
「そうだよ~、もうあんなところ帰りたくないよ」
「お前が嫌なら、ずっとこの世界にいればいい」
「ありがとう、まあ、どうせ戻っても住ませてくれないしね」

2人が話をしていると、いつの間にか午前4時50分になっていた。まだ日の出には時間があり、2人はベッドに腰を掛けた。そして、しばらく無言の状態が続いた。シュヴァルツゼーレとの戦いも激化し、いつ死んでもおかしくない状況が続いている。今ある幸せもいつ終わるか分からない、そう考えると、戦いに赴かない方がいいのではないかと感じてしまう。だが、2人は平和を求め、戦うつもりでいる、ずっと幸せな日々を送る為に。

「トルトゥーガ、この戦いが終わって行きたい場所はあるか?」
「うん、ナハトと一緒に世界中を旅したいな」
「分かった、まずはアインベルグ大陸にでも行くか?」
「行く行く! 絶対に連れて行ってね!」
「ああ!」

ひと時の幸せな時間を過ごした2人、だが、シュヴァルツゼーレがいる限り幸せは永遠に続かない。幸せな世界を作る為、2人は仲間と共にシュヴァルツゼーレと戦う。決戦の日は、すぐそこまで迫っているのである。

ナハトとトルトゥーガが恋人同士になって数日が経った。2人が恋人同士になった事はシレーヌ達にあっさりとばれ、ナハト達も隠す事ではないので恋人同士になった事を伝えたが、やはりと言うべきかシレーヌ達にいじられてしまった。だが、案外飽きるのも早かったようで、3日もすればいじるのをやめてくれた。一方、エデンシティの方は特に目立った事件も起きず、悪人たちが暴走すれば防衛隊が出動し鎮圧し、時にはナハト達も協力した事で街には平和が訪れた。それから、街ではただ平穏な時が流れていたが、ある日、事態は急展開を迎えた。

エデンシティの東地区にある工業地帯の地下から大型の飛空艇が飛び立ったのである。後に防衛隊の調査でここにシュヴァルツゼーレの本部があった事が判明。その事を知ったナハト達は、デロリアがどこに向かったのか、そしてシュヴァルツゼーレが何を企んでいるのか、考えただけで夜も眠れず、不安な日々が続いた。その翌日、いつも通り防衛隊の寝室で起床し、近くの店で買った弁当を食べ終えてくつろいでいたナハト達の下にあわただしい様子でミソラが駆け込んでいた。ミソラの手にはスマホ型の携帯端末が握られており、シュヴァルツゼーレに関する最新情報を伝えにきたようであった。

「みんな! 大変な事になったよ!」
「まさか、シュヴァルツゼーレの事か?」
「そうよ、まずはこれを見て!」

ミソラの持っていた携帯端末の画面には、以前ナハト達を攻撃した海上戦艦が映っていた。その艦上には、数日前に飛び立った飛空艇がドッキングしており、現在のシュヴァルツゼーレの本部はこの戦艦であることは確かだった。

「ミソラ、これはどこの映像だ?」
「エデンシティの近海よ、そしてこの戦艦はエデンシティに近づいてきている」

その事を聞いたナハト達は驚愕し、シュヴァルツゼーレとの最終決戦が近い事を感じていた。果たしてシュヴァルツゼーレの総戦力はどれほどのものなのか、そして、自分達はシュヴァルツゼーレに勝てるのか。ナハト達がそう考えていた次の瞬間、外から大きな爆発音が聞こえてきた。恐らく、以前と同じ様に戦艦からの艦砲射撃なのだろう。こうしてはおれず、ナハト達は外に出た。エデンシティの街は艦砲射撃でめちゃくちゃになっており、辺りには瓦礫や人の死体が散乱していた。あまりの惨状に、ナハト達は怒りを爆発させた。

「こんな事をするシュヴァルツゼーレ、絶対に許してはおけない!」
「ナハトの言う通り、シュヴァルツゼーレのしている事は、人間のする事じゃないよ!」

ナハト達は全員、シュヴァルツゼーレを倒す事を決め、決着を付ける為に戦艦が航行している方角向けて足を進めた。だが、ナハト達の前に大勢のシュヴァルツゼーレの兵士達が現れた。

「デロリア様の命令だ、お前達をここから先へ進める訳にはいかない」

シュヴァルツゼーレの兵士はざっと50名ほどおり、恐らく、現在のシュヴァルツゼーレの戦力の一部なのであろう。シュヴァルツゼーレと決着を付ける上で避けては通れない戦いだと悟ったナハトは、このシュヴァルツゼーレ兵と戦う事を決意した。その時、ミソラはナハトを制止し、ある事を伝えた。

「ナハトはトルトゥーガと共に戦艦を止めに行って」
「え? いいのか?」
「勿論よ、この程度、私達だけで十分」

すると、シレーヌエスカ、ココの3人もナハトはトルトゥーガにミソラと同じことを言った。

「私は情報屋だけど、この程度の相手なら大した事はないわ」
「そうそう、だからナハト達は行って」
「私達の分も…戦ってきて…」

「…ああ! 分かった!」
「みんなの想い…無駄にはしないよ…!」

3人の決意を受け取ったナハトとトルトゥーガは、戦艦のいる場所へ早く向かう為、防衛隊基地の前に止めていた魔導バイクに乗り、戦艦のいる海上の近くに向かって行った。

「チッ、奴らは逃したが、この4人も奴らに協力する者達だ、始末する!」

シュヴァルツゼーレ兵はミソラ達にアサルトライフルを発砲した。だが、エスカは魔力のバリアである魔導障壁を展開し、アサルトライフルの弾丸を弾いた。その間にミソラとココは相手に斬り込み、シュヴァルツゼーレの兵士を1人、また1人と斬り捨てて行った。エスカもアサルトライフルの雨が止んだ頃に竜巻で相手を攻撃する魔法、サイクロンを唱え、シュヴァルツゼーレの兵士を竜巻で吹き飛ばした。シレーヌも他の3人に負けておらず、ニードルガンによる精密射撃により、次々と兵士達を倒して行った。こうして、2分もしない内に約30人の兵士を倒したミソラ達だったが、シュヴァルツゼーレ兵の思惑はナハト達と分断させる以外にもう一つあった。ミソラ達はまんまとその思惑にはまってしまったのである。

「こうなれば、最終手段だ、お前達、やるぞ!」
「了解! 全てはデロリア様の為に!」

残った20人ほどの兵士達は、手榴弾のピンを抜き、それを手に持ったままミソラ達に近づいた。そう、彼等はシュヴァルツゼーレの為に自らの命を犠牲にするのである。

「あなた達、命を捨てるなんて馬鹿な真似はやめなさい!」
「これもこの世界を革命する為…その為なら命など惜しくはない!」

20人ほどいた兵士たちは一斉にミソラ達に接近し、次の瞬間、一斉に手榴弾が大爆発を起こした。その大爆発はナハト達の方にも聞こえており、その爆発がミソラ達のいる方角だと知ったトルトゥーガは、ナハトにその事を伝えた。

「ナハト、ミソラさん達のいる方角から爆発が…」
「大丈夫だ、あいつらはきっと生きてる」
「でも…」
「あいつらは俺達にシュヴァルツゼーレと戦う事を託してくれた…俺達はそれに応えなくてはいけない…」
「うん…そうだね…そうだよね」

ナハトとトルトゥーガは魔導バイクで海の方を目指した。その間、シュヴァルツゼーレの戦艦は艦砲射撃を続けたが、ナハトは魔導バイクを巧みに運転し、攻撃を回避した。

「ナハト、あれ!」
「ああ、どうやらあれがシュヴァルツゼーレの戦艦らしいな」

ナハトとトルトゥーガの前に姿を現したのは、海上から艦砲射撃を続ける戦艦の姿であった。巨大な海上戦艦の上に飛空艇がドッキングしたその戦艦は、魔導バイク目掛けて艦砲射撃を続けていた。ナハトは戦艦を前にして尚も攻撃を回避していたが、近くに着弾した弾頭の爆発で遂に吹き飛ばされてしまう。吹き飛ばされる際、トルトゥーガが翼を生やし、ナハトを抱いて羽ばたいた事でナハトは無事だったが、吹き飛ばされた魔導バイクはコンクリートの壁に衝突し、大破してしまった。

「あ~あ、あの魔導バイク高かったのにな…」
「そんな事言ってる場合じゃないよ! ナハト!」

戦艦は尚もナハト達に標準を向けており、再び艦砲射撃を行い、攻撃を仕掛けた。その攻撃に対し、ナハトはコートの裏からケイオスブラスターを取り出し、雷の銃弾を撃ち出して弾頭を迎撃した。ケイオスブラスターの銃弾で大体の攻撃は迎撃できたが、戦艦は絶えず攻撃を行って来る為、中々前に進めずにいたその時、トルトゥーガは突然ナハトを戦艦の方向けて全力で投げ飛ばした。

「お前…! 何を…!」
「行って! ナハト!!」

直後、トルトゥーガは戦艦からの艦砲射撃を食らって吹き飛ばされた。直撃の瞬間に魔導障壁を展開していた為、致命傷にはならないだろうが、爆発の衝撃で脳が強く揺れる為、しばらくは気を失うであろう。トルトゥーガの身を挺しての行動に、自分も応えなくてはいけないと感じたナハトは、ケイオスブラスターに風の魔力を収束させ、下方向向けて風の弾丸を放った。その反動でナハトは一気に甲板に着地し、戦艦の上に足を踏み入れた。

「…この戦艦のどこかにデロリアがいるのか…」

ナハトがそう告げた次の瞬間、ナハトの周りを大勢の兵士達が取り囲んだ。ざっと30人はいるであろう兵士達はアサルトライフル武装し、その銃口をナハトに向けていた。

「やっぱそう簡単にデロリアには会わせてくれないか…」

ナハトはそう呟き、ケイオスブラスターをコートの裏にしまい、シャドウエッジを取り出し、逆手に構え、兵士の方に向かって走り出した。当然、兵士達はアサルトライフルを発砲したが、ナハトはアサルトライフルから放たれた銃弾による風の動きを感じ取り、攻撃してきた方向を一切見る事なく、銃弾を回避、手に持ったシャドウエッジで1人、また1人と兵士を斬り裂き、命を奪った。

「俺の目的はデロリアだけだ! 無駄に命を捨てるんじゃねえ!」

だが、ナハトの警告も兵士達には通じず、兵士達はなおもアサルトライフルでの銃撃を続けた為、ナハトはアサルトライフルの銃弾をシャドウエッジで弾き、一気に兵士に接近して体を斬り裂いて倒した。最初にいた兵士の約半分程の兵士を始末した頃、遂に兵士達も勝ち目がないと悟ったのか、武器を捨てて海に飛び込み、逃げて行った。ナハトは自分が殺した兵士の亡骸を眺め、何故この兵士達は無駄に命を捨てたのだろうと感じた。自身の殺した兵士達もデロリアの思想に賛同し、世界を革命させようとした者達であることは確かだ。だが、こんな力尽くじゃなくてもやり方はいくらでもあったはずだ。何故多くの人間を傷つけ、自らも命を落とさなくてはならないのか。どの答えも、デロリアに賛同できない自分には分からない答えである。

ナハトは今いる甲板の上から飛空艇の中に移動し、デロリアの居場所を探した。シュヴァルツゼーレのリーダーである彼女の事だ、恐らく飛空艇の司令室みたいな場所にいるのであろう。ナハトは司令室目掛けて足を進めた。道中、意外にも兵士には遭遇しなかった為、兵士達は先ほど命を奪った者たちと逃げた者たちで全員だったのであろう。そう考えながら飛空艇の階段を登っていくと、そこは司令室のような場所であった。部屋には窓があり、戦艦全体に指令を通達するのであろう、通信機の様な物があり、ここが司令室であるのは確かであった。

「ここが司令室か…」
「待ってたぞ、ナハト」

その声はデロリアのもので、ナハトは声が聞こえた方を向いた。デロリアは部屋の隅に座り込んでおり、ナハトが来るのを待っていたようであった。ナハトが来た事でデロリアは立ち上がり、ナハトの前に立った。

「デロリア! もうこんな事は終わりにしよう!」
「そうはいかないわ、私は必ずこの世界を革命させる!」
「その為なら、犠牲を出してもいいって言うのか!?」
「勿論よ、この世界に必要なのは賢い人間、賢くない愚かな人間など必要ないわ」

デロリアの言葉を聞いたナハトは、今のデロリアはあの頃のデロリアとは変わってしまった事を感じた。もはや彼女を説得する事は無理だと、何故彼女はここまで変わってしまったのだと。彼女が変わってしまった責任に少しでも自分が関わっているなら、デロリアを倒す事が自分にできる最低限の償いなのかもしれないと。そう感じたナハトは、知らず知らずのうちにケイオスブラスターとシャドウエッジを握っていた。

「ナハト…まさか私を殺すつもりなの?」
「分からない…俺にも分からないさ! でも…お前が変わった責任が俺にもあるなら、俺はお前を殺さなくてはならない!!」
「ナハト、今からでも私と来ない? 私と一緒に愚かな人類に罰を与えるの」
「…悪いな、デロリア、俺はトルトゥーガやミソラ、シレーヌエスカにココ、他にも多くの人達と出会って変わったんだ、お前と同じ考えにはなれないよ」
「…悲しいわね、ナハト、一緒に革命する事ができないなんて…なら、もうあなたなんていらないわ」

そう言ってデロリアは別空間から長い刀を取り出した。その刀はざっと2メートル程あり、小柄なデロリアが振り回すには少々大きいと感じたが、デロリアはその刀を片手で構えていた事から、きっとこの刀を扱う為に並ならぬ努力をしたのであろう。

「これは私専用の超硬質刀・月蝕、鉄程度なら簡単に斬り裂いてしまうわ」
「悪いな、俺のシャドウエッジとケイオスブラスターはミスリル製なんでな、斬る事はできないよ」
「そう…なら、あなたの首を斬り落とせばいいだけよ、すぐ楽にしてあげる」

戦艦の司令室で対峙したナハトとデロリア、ナハトはシャドウエッジとケイオスブラスターを構え、デロリアは超硬質刀・月蝕の刃先をナハトに向けていた。かつては恋人同士でありながら、今は殺し合う関係となった2人、愚かな人類を革命させ、理想の世界を作ろうとするデロリア、今ある平和を持続させる為に戦うナハト、2人は今、世界の命運をかけて戦いを始めた。

「ナハト…すぐに楽にしてあげるわ!!」

デロリアは身の丈程もある月蝕をナハトに振り下ろした。その刃をナハトは右手に握ったシャドウエッジで受け止め、左手に握ったケイオスブラスターから炎の銃弾を撃って反撃した。だが、デロリアは素早く回避行動を取り、攻撃をかわした。

「甘いわよ、ナハトッ!!」

デロリアは刀身に風の魔力を纏い、回転斬りを放った。風の魔力は真空波として辺り一帯に飛び散り、司令室の壁を斬り刻んだ。ナハトはケイオスブラスターから放った銃弾で真空波を迎撃し、特に目立ったダメージはなかったものの、司令室の機器はダメージを受け、火花を散らしていた。

「まだ死んでなかったのね! ナハトッ!!」

デロリアはナハトに斬りかかった。ナハトはシャドウエッジでその攻撃を受け止めたものの、デロリアからは武器越しに殺意が伝わって来た。かつては愛し合った存在に対し、何故ここまで殺意を募らせる事ができるのか。人間と言う生き物はたったの3年でここまで変わってしまうのか。ナハトは人間とは一体何なのか、分からなくなり始めていた。

「デロリア、お前は変わってしまったんだな…」
「当たり前よ! あなたは忘れたの? あの日、私達の幸せを奪った醜い人間の存在を!!」
「勿論、忘れちゃいないさ、あの出来事は俺の人生にとって最悪の出来事だ」
「じゃあ何で! あなたはこの世界の味方をするの!?」
「…さあ、何でだろうな、俺もトルトゥーガやミソラ、シレーヌエスカにココ達と出会って変わってしまったのかもな…」
「…本当にそれだけの理由なの?」
「今の俺にはそうとしか考えられないさ」

すると、デロリアの表情が一気に殺意のこもった表情となり、月蝕を握った手に力が加えられ始めていた。それは完全にナハトを殺すと言う意思が伝わっていた。

「醜い人間は全員殺す!! この世には醜くない人間だけいればいい!! 醜い人間なんて、全員いなくなればいいのよ!!!」
「デロ…リア…!!」
「私はこの3年間、革命の為、復讐の為に生きてきた!! その事だけを考えてきた!! それを今更あなたなんかに邪魔されてたまるものか!!」

そう言ってデロリアは月蝕に更に力を加えた。ナハトのシャドウエッジを握る手にもそろそろ限界が来ていたが、デロリアが珍しく本音を喋っていた為、ナハトは彼女の本音をしばらく聞いていた。デロリアの本音を聞いて思った事は、彼女がこの3年間本当に辛い思いをしていた事、そして、そんなに辛い思いをしていた彼女に寄り添ってあげられなかった事、何故自分はあの日、すぐデロリアと別れたのか、彼女を為を思ってした行動は、彼女の為になってなかったのだ。その事に、ナハトは強い罪悪感を覚えていた。

「私は人間が憎いの!! 私の全てを奪った人間が!! 人間なんてみんな死んじゃえばいい!!」
「デロリアッ!!」

ナハトは左手に握っていたケイオスブラスターに炎の魔力を一瞬で収束させ、月蝕の刀身目掛け、銃弾を放った。刀身に命中した炎の銃弾は大爆発を起こし、月蝕の刀身をバラバラに砕いて月蝕を破壊した。普段のデロリアであればナハトがケイオスブラスターに魔力を収束させる事など、簡単に気付いたはずではあるが、今のデロリアはパニックに近い状態に陥っていた。その為、ナハトがケイオスブラスターに魔力を収束させたことに気付かなかったのだ。武器を失ったデロリアは我に返り、2、3歩後ずさりした。今なら簡単にデロリアの命を奪えたが、ナハトはそれをせず、ただデロリアを抱きしめた。

「ナハ…ト…?」
「すまない、デロリア、お前がそんな気持ちで3年間いた事、俺は知らなかった…許してくれ…」

ナハトから本当の気持ちで心からの謝罪を受け取ったデロリアは、さっきまでの殺意が消え去っており、知らず知らずのうちに涙を流していた。

「今更謝って許されるとでも思ってるの…? ずっと…ずっと…辛かったんだから…」
「悪かった…俺がせめて1年でもいいから傍にいてやったら、こんな事にはならなかったんだ…!!」
「私はあの後、あなたに居て欲しかった、傍にいて欲しかった…なのに…なのに…!!」
「すまない…本当にすまない…!!」

2人は戦艦の司令室の中で抱き合い、ただ涙を流した。ようやく分かり合う事ができた2人は少し落ち着くと、これからどうするかを話し合っていた。

「私、やっぱり死刑だよね? こんな事したんだし…」
「だったら、俺と一緒に逃げればいいさ、どこまでも」
「ううん、ナハトに迷惑はかけられないよ、それに…」
「それに、何だ?」
「今まで沢山殺した、沢山の仲間を失った、こんな私に生きる資格なんてないよ…」
「だったら、お前がそいつらの分まで生きればいい、それがせめてもの償いだ」
「…ありがとう、ナハト、優しいんだね」

その時、突然2人を囲むかのように爆発が起こった。爆風は2人には当たらなかった為、ダメージはなかったが、その爆発によって周りには火災が発生し、退路を断たれてしまった。

「何だ!? 司令室の機器が爆発したか!?」
「…違う、この爆発、明らかに私達を逃がさないようにする為のものだよ!」
「は? 一体誰がそんな事…」
「…分からない、でも、シュヴァルツゼーレ以外の組織のものってのは確かよ」
「何者の仕業かは分からんが、とにかくここを脱出するぞ!」

ナハトは脱出の為、2人の体を覆うように魔導障壁を展開した。それで無理やり火災の中を突破しようと試みた。だが、次の瞬間戦艦全体が大爆発を起こした。戦艦が爆発を起こした事で、ナハトとデロリアは炎の中へと消えた。

「…ナハト…ごめんね…私のせいで…」
「…いいって、気にするな…だが…トルトゥーガ…お前は無事でいてくれ…」

シュヴァルツゼーレの戦艦から艦砲射撃を食らい、その衝撃で気を失っていたトルトゥーガは目を覚ました。ナハトは無事戦艦にたどり着き、決着を付けたのだろうか。そう考えながら海の方に視線を向けたその時、ナハトがいるであろうと思われる戦艦は炎上し、今にも沈もうとしていた。

「戦艦が炎上してる…!? ナハトは…? ナハトはどこ…?」

トルトゥーガは慌ててあたりを見まわしたが、ナハトの姿はどこにもなく、まだ脱出してない事が分かった。救出に向かおうと翼を広げ、羽ばたこうとしたものの、先ほどの艦砲射撃によって羽が傷ついており、上手く羽ばたく事ができず、空を飛ぶことができなかった。

「くっ…! 動いて…! 動いてよ私の翼! このままじゃナハトが…! ナハトが…!!」

しばらくするとミソラ達4人がやって来て慌てているトルトゥーガを目撃した。いつもと様子の違うトルトゥーガを見て、ミソラは事情を聞いた。

「何があったの? トルトゥーガ」
「ナハトが…! ナハトがまだ脱出してないんです! 嫌! ナハト…! ナハトーッ!!!」

その後、防衛隊の隊員を総動員して沈没した戦艦の調査を行ったが、数人のシュヴァルツゼーレ兵と思われる人間の死体が見つかっただけで、ナハトはおろかシュヴァルツゼーレのリーダーであるデロリアも発見されなかった。しかし、この戦い以降シュヴァルツゼーレによる悪事は行われなくなり、たまにシュヴァルツゼーレを名乗る小悪党が強盗を行う程度であった。つまり、人類は再び平和を取り戻したのである。人々は平和を噛みしめ、今ある平和を満喫していた。

しかし、ナハトの仲間達は素直に喜ぶことができず、しばらくブルーな気分で落ち込んでいた。共に戦った戦友が行方不明になり、自分達の前から姿を消した事、いくら死亡が確認されてないとはいえ、素直に喜ぶ事などできなかった。特に、トルトゥーガはナハトと恋人関係になっていた事もあり、約1ヵ月の間トルトゥーガは心を閉ざし、部屋で1人夜空を眺めていた。恐らく、夜空を眺めていればまたあの日のようにナハトに出会えると思ったのであろう。だが、ナハトはいつまで経っても帰ってくることがなかった。

もはや彼は死んだのではないかと思われたある日、トルトゥーガの体に異変が起こった。その異変とは、トルトゥーガが妊娠していたことが分かったのである。人間と光精霊との間に生まれる子供はどんな子供なのだろうと思うだろう、一応光精霊の体組織などは人間のものとほとんど変わらない為、普通の人間と同じ様に子供を作る事が可能なのである。ただ、光精霊とのハーフとなると、生まれながらにして特殊な能力を持って生まれる事があり、そこが普通の人間の間に生まれた子供との違いである。

トルトゥーガが妊娠して数ヶ月が経過したある日、無事、ナハトとの間にできた子供を出産した。元気な男の子であり、どこか雰囲気がナハトに似ているような気もした。トルトゥーガが出産した事を知ったミソラ達はナハトとトルトゥーガの子供を一目見ようとやって来た。

「この子がナハトとトルトゥーガの子供ね」
「はい、そうです」
「へ~、あいつの子供の割には可愛いじゃない、トルトゥーガの遺伝子が多いのかしら?」
「…かわいい」
「ところで、この子何て名前にするの?」

エスカのその質問に、トルトゥーガは頭を悩ませた。こう言うのは普通、夫と共に考える事だと聞いている。だが、肝心の夫であるナハトはここにいない。仕方なく、トルトゥーガは頭をフル回転させて名前を考え、約10分ほど考えた結果、ようやくいい名前が思いついた。

「リヒト…でいいかな」

リヒト、ある国の言葉で光を意味する言葉である。夫の名前が夜を意味するナハトなので、それとは反対の明るい名前にしようと思った結果、このリヒトと言う名前が思いついたのである。その名前を聞いた4人は全員が納得した様子であった。

「トルトゥーガちゃんがそれでいいなら、私はいいと思うわよ」
「私は全然アリよ、ナハトなんて暗い名前よりよっぽどいいわ」
「…私もリヒトって名前、いいと思う」
「私もー! トルトゥーガちゃんって名前つけるセンスあるね!」

ミソラ、シレーヌ、ココ、エスカの4人に褒められ、トルトゥーガは少し照れた様子であった。これから1人でこの子の世話をして立派に育てなくてはならない、そう考えるとかなりのプレッシャーであったが、ナハトがいない今、自分が頑張るしかない。そう決意したトルトゥーガは、リヒトを見つめ、一言呟いた。

「これからよろしくね、リヒト」

一方、ナハトとデロリアは宇宙の様な場所にぷかぷかと浮いていた。その空間は真っ暗であり、脱出しようとしても円のように丸い檻に遮られ、脱出する事も出来ず、武器による攻撃も無力化された。

「残念だな、ナハト、デロリア、この時の檻はミサイルを食らっても壊れんよ」

その声の主は、20代後半ぐらいの男性の声であり、姿が見えない為、どんな人物かも分からずにいた。だが、こんな得体のしれない場所に閉じ込める者の事だ、ロクでもない事を企んでいるに違いない。

「お前、何者だ?」
「私達をどうするつもり?」
「何、しばらく眠ってもらうだけだ、大体17年ぐらいな」
「何だと!?」    
「眠ってもらう? 17年? どういう事?」

「何、この時の檻の中にいる間、お前達は全く老けない、美しい姿を保つ事ができるから安心しろ」
「俺が聞きたいのはそんなどうでもいい事じゃない! 何を企んでいると聞いている!!」
「フ…聞きたいか? なら教えてやる、我々は人間によって住処を奪われた魔族! 我々は長い時間をかけて力を蓄え、人類に復讐する!!」
「人類に復讐!? じゃあ何故私達がこんな所に!?」
「決まっているだろ? お前達2人は邪魔なのだ、下手に動かれては困る、だから、ここでじっとしていればいい」
「そんな事をしても、俺には仲間がいる、今にお前達の企みは…」

ナハトが喋り終わる前に謎の人物は2人を強制睡眠させ、眠りにつかせた。2人は時の檻の中でぷかぷかと浮きながら眠っていた。

「この時の檻の中でゆっくり眠れ、お前達2人が次に目覚める時、我々の計画が始まりを迎えるのだから…」

ナハトとデロリアが眠った事を確認すると、謎の人物も眠りにつき、力を蓄え始めた。

「次に目覚める時は17年後か…その時が来れば、俺とこの力は完全に一体となる…覚悟していろ、人類ども…」

シュヴァルツゼーレとの戦いが終わったのも束の間、新たな脅威が人類を襲おうとしていた。だが、その脅威が人類に襲い来るのは17年後、果たして17年後に襲い来る脅威とはどんなものなのだろうか?